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第3話

 俺が熊谷と初めて会話を交わしたのは、中学二年の夏。 俺たちは学校内では接点は無かった……というか、俺が学校では誰も友達の居ない、ひとり浮いたキャラクターだった。 俺たちは塾のクラスで隣同士になったんだ。そう、俺は小学生の頃から通っていて馴染み深かった、あの英語の塾で。 「なぁ……英語検定、って、こんな難しいんだっけ?」  ホワイトボードのスペルや講師からの発音に集中していた俺に、そいつは隣の席からいきなり問い掛けてきたんだ。 「実は俺さ、今日がこの塾、初めてなんだけど」  無視を続けるがコソコソと話しかけてくる。 「なんか教科書の内容と、授業の内容が全然違くね?」 流石に苛立ってそいつの方を向くと、テキストで半分顔を隠していた。そのテキストにはでかでかと、熊谷将司、という名前も書かれていたが。合格テキスト、と同じ欄にあったのは。 (……英検、5級?)   「……間違えてるよ?」 小声で応えると、そいつは眉間に皺を寄せて、またコッソリと尋ねる。 「どの問題が?」  それを問われると「全部」だが。呆れて自分のテキストの表紙を、困り果てているそいつに見せてやった。 「クラスだよ。ここ、英検2級のクラス」  きょとん、としたそいつの顔を眺めているとなんだか可笑しくなってきて。思わず吹き出すと。そいつも楽し気に笑った。 (先生から注意されるかな?) しかしタイミングよく授業終了のチャイムが鳴った。  ふたりして笑いながら教室を出て、5級のクラスを覗くと、そこの授業もすでに終わっていた。 ガッカリしているそいつと一緒に塾から出ると、すぐ向かいのコンビニへとふたりで入った。普段なら塾の講義が終われば、すぐにひとりで帰るのに。 そして買い物を済ますと、塾の前にあるベンチに並んで腰掛けた。 「遅刻して焦って、何階の教室か迷ったんだよ。そしたらきみが教室に入っていったのを見て。制服とネクタイの色から、同じ中学の同学年か、って分かったんだ。だから俺もおんなじクラスかな、と思ってさ」  菓子パンをかじってコーラを飲みながら、教室を間違えた理由を語ると。 「あぁそうだ、俺は二年のD組の、熊谷将司っていうんだ、よろしくな」 話を締めくくる様に名乗った。よく喋る人間は嫌いだったはずだが、不思議と不快感は無い。 「関根……関根崇宏。二年B組」  ウーロン茶を手に持ちぶっきらぼうに名乗っても、熊谷、と名乗ったそいつは嫌な顔ひとつしない。 「ありがとな、クラス違いを教えてくれて。あとはこうして残念パーティーにも付き合ってくれて。このまんま帰っても、なんか虚しいだけだからさ」  にこにことお礼を言われ、なんだか恥ずかしくなって俯いた。それに、これが残念パーティーだとも思っていなかったし。 「クラス違うの……本当に分からなかったのか?」  俯いたまま尋ねる。5級と4級ならまだしも、講義が始まったらすぐに違和感を抱きそうだが。 「うん。だって俺、英語は全然ダメだもん。だからこの塾入ったんだ。担任の先生が薦めてくれたからそこで勉強しろ! 月謝をムダにするなよ! って親に厳しく言われてさ」  母親らしき女声の演技交じりの喋りに顔を上げて笑うと。 「しかしきみは凄いよなぁ、あのクラスに居たってことは、2級を受けるんだろ?」  お世辞抜きで褒められて、照れてまた顔を背ける。 「あぁ……ずっと習ってたから、この塾で」 「俺が勉強してる、5級はいつ取ったの?」 「確か……小学、三年」 「うわっ、凄っげ!!」  熊谷はベンチから立ち上がり大声を上げ、俺も驚いて寄っ掛かっていた姿勢を正した。 (ふざけてからかってる訳じゃないよな)  尊敬の眼差しを向けられてなんだか嬉しくなると、熊谷の表情が真剣に変わり。 「なぁ、崇宏。もしも余ってる時間があればさ、これから俺に英語の授業してくれないか?」  さっきまでのお喋りとは違う、低めの声と真面目な口調でゆっくりと頼まれた。 急な流れで教えを請われて。なんの前置きも無く下の名前で呼ばれて。しかし俺は熊谷を「図々しい奴」とは何故か思わなかった。

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