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第4話

 (かつお)のたたきをつまみに生ビールを呑みながら、俺は英語塾での熊谷との出会いをぽつりぽつりと語った。 「あぁ、そうだ……俺も英語は崇宏に助けてもらってたんだよな~」  塩辛をつまみにチューハイを呑みながら、熊谷は懐かしそうに笑う。 「5級クラスが始まる前と終わった後に、分からない部分を崇宏に教えて貰ってさ」 「最初は、コイツ馬鹿を演じて俺を困らせてんじゃないか、って思ってた」  正直に告げた俺の言葉に、頬杖をついてしみじみと喋っていた熊谷は、ゴンッ、とカウンターにおでこをぶつけた。顔を隠したまま肩を震わせ笑っているので、多分それはガッカリした演技だろう。 「あっははは……そこまで言うか? そりゃ崇宏からしたら、簡単な問題も解けないバカ、だっただろうけど……」  テストの回答なんか序の口で、それよりも苦労はたくさんあった。 「だってお前、聞き取った英文を片仮名でノートに書いてただけで……英文で書け、って言ったら、よく小文字のb(ビー)d(ディー)間違えて……あと字が下手で、I(アイ)だかT(ティー)だかL(エル)だか読めなくて……」  英語塾での俺と熊谷のコントのようなやり取りが、次々と記憶から飛び出てくる。それらを語りながらクスクス笑う俺に、熊谷は怒っているのか照れてるのか、頬を赤くしてカキフライをばくばく食べ始めた。 「ここの特製ソースで食べると旨いぞ」  椅子から立って手を伸ばし、少し離れた棚に置かれたソースの瓶を取って手渡すと。熊谷は立ち上がった俺を頭からつま先まで見つめている。 「さっきからなーんか変だと思ってたら、崇宏って背ぇ伸びたんだな。顔や髪形は変わってないのに、俺と目線の位置が一緒だからどっか違和感あったんだ」    瓶を受け取ってソースをかけながら熊谷は話す。 「ちょっとずつ伸びた。お前が昔からデカかったんだよ。だからバレー部だったんだろ?」  今度は俺がどこか照れて俯くと、熊谷のカキフライを箸で取ってかじった。 「だってバレーボールはちっちゃい頃からやってたし。今でもやってるよ、休みの日に。崇宏は剣道部だったっけ?」 「ただ参加してただけだよ」  ぶっきらぼうに応えてビールのジョッキを煽る。下手だったのは確かだ。元々運動音痴だったのだし。映画や漫画で憧れて剣道部に入ったが、成長したのは姿勢が良くなった事くらいだ。    だが熊谷は、バレーボール部での活動にのめり込み、一年時からレギュラーだった。部活に夢中で成績が落ち、それで二年の夏から塾に通い始めたんだ。塾の講義と俺との勉強で時間を取られても、部活をサボることはなく、ずっとレギュラーのままだった。  そんな活躍と明るい性格で女子からも人気があり、中学三年時には確か彼女も居た。  熊谷が大分酔ってきたので、なんの話し合いもなく割り勘で支払いを済ませる。そこでまた俺は、中学時代にファミレスやバーガーショップで熊谷に英語を教えた頃を思い出していた。 「崇宏って酒強いんだな~」  店の外に出て、熊谷は笑いながら俺の肩をどつく。何度も「崇宏」と呼ばれて戸惑うかと思ったが、意外と平気だ。むしろ「関根」や「おまえ」なんて別の呼び方をされていたら、心が揺れただろう。俺の知っている熊谷じゃなくなっていて。

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