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第5話

 自宅に帰った俺はスーツとワイシャツを脱ぎ捨て、下着姿で眼鏡も掛けたままベッドに倒れ込む。 「しっかし、今日は疲れたなぁ……」    思わず独り言を吐き出した。ひとり暮らしのアパートは会社近くの駅から二駅で、歩いて帰る時間を入れても20分程で着くが。 「風呂は……いいや、明日の朝で」  正直、アルコールと変なテンションからタンクトップの中は汗まみれだったが、ただ精神面から怠くて。汗とワックスで湿った髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱す。 「あ〜ぁ、なんで今頃、あいつと酒呑むことになったんだっけ?」  枕に顔を押し付けて愚痴を言う。俺はそれなりに酒には強いが、今日はかなり呑んだからだろう。しかし呑む量をコントロール出来なかったのは、あいつが隣に居たせいだ。あいつと笑って喋ったせいだ。あいつ、とはもちろん熊谷将司だ。 「俺の最寄り駅はここから一時間半くらいか」  そう言いながらスマホで乗換案内を調べていた熊谷は、俺の使う路線とは別で少しホッとした。そして俺たちは駅中で別れたが。 「崇宏の会社、明日も営業で行くから。昼飯一緒に食おうぜ」  なんて笑いながら熊谷は俺の肩をどついて、ホームの反対側へと去って行ったが。途中でくるりと振り向いて、大きく手を振った。  まるで俺が、熊谷の広い背中を見つめていたのを知っていたかのように。 「相変わらず自分勝手なんだよなぁ……」  また俺は呟いて。昔も自分勝手だった熊谷と、それに付き合わされた俺とのやり取りをウトウトしながら思い浮かべる。 *   *   *   * 「たーかひろー、今日出された英語の宿題、教えてくれないか?」  学校の廊下で熊谷に呼び止められ、俺はぎょっとした。  塾で初めて熊谷と会話を交わした日から半月ほど経ち。少しずつ英語講師の役も慣れてきたが、学校内で話し掛けられたのはそのときが初めてだったから。 「こんどの授業では絶対に手ぇ挙げて答えたいんだよ。上手い発音で答えたいんだよ、だから頼む! 崇宏!!」  力強く頭を下げた熊谷に、なにも返せずにただあたふたするばかり。そんな俺たちに、通りすがる同級生の視線が痛い。 「すぐは……厳しいから」  遠回しに断るが、顔を上げた熊谷は願望の眼を向ける。 「じゃあ昼休みなら大丈夫か?」  塾で教える、と応えようと思ったが、確か塾長が病気とかでしばらくの間は休みなんだ。だから熊谷も焦っているのだろう。 「いっ、いや、放課後……」  俯いてそれだけ答えると、熊谷の脇をすり抜けて、自分のクラスへ走って逃げて行った。  そして放課後。教室から出ると、熊谷がそこで待っており。 「部活は休んだ」  きっぱり言われて、俺はもう断ることは出来なかった。 「おい、熊谷。学校では……俺とあんまりつるむな」  図書室でひと通りの授業を済ませての帰り道。ぶっきらぼうに告げる。 「もしかして崇宏、部活かなにかで忙しくなったのか? 俺に英語教える時間がなくなったのか?」  不安げな熊谷からの問いに俺は首を横に振ると、そのまま俯いた。 「塾では英語このまま教えるけど……学校だと俺、暗くて気持ち悪い奴、とか言われてんだし。俺とつるんでると、お前も同じように見られるぞ」  言うか言わないか迷ったが、早口で一気に告げた。  自分自身と一緒にいる事で、熊谷が「なんであんな奴と仲良くしてんの?」なんてからかわれるのが嫌だったから。  すると正面に立った熊谷から、どしん、と強めに肩をどつかれた。 「クラスの奴らにそんな風に言われてんのか? そんなこと言ったら、俺だって、バカだのガキだの言われてるぞ」 「それは……明るいお前とふざけ合ってる、っていうか……俺の場合、本気でそう見られてるんだし」 「どっちにしろ、俺はひとの悪口なんか言う奴とはつるまねーよ」 (それはお前が俺とは違う、沢山のひとから慕われる人間だから)  そう言い返そうと俯いた顔を上げて熊谷と目を合わせたが。そこにあった真剣な眼差しから口を噤んだ。 「俺は友達の……崇宏の悪口言う奴ともつるみたくない」  真剣に訴えられて黙りこくると。 「誰になんて言われようと、気にしなきゃいいんだよ。崇宏は英語が得意な真面目な奴。俺がそう言うんだし、それだけ覚えときゃいいじゃん」  笑いながら再び肩をどつかれて、俺はなんて言えば良いか分からなかったが。 「……ありがとう」  ただ心に湧いた一言をそのまま口にした。

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