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第6話

 そして翌日。もやもやしたまま午前中の勤務を終わらせた俺は、食堂で蕎麦を啜っていた。いつもひとりの昼食だが、今日は違って。大きく欠伸をする熊谷が隣に居た。 「あ~あ、やっぱ昨夜は呑み過ぎたな~」  悩んだ末に俺から「食堂前で待ち合わせ」とLINEで送った。手早く定食を食べ終えた熊谷は、ゴシゴシと両手で目蓋を擦っている。 「仕事、大丈夫なのか? そんな酷い二日酔いで」 怪訝に問い掛ける俺に、熊谷は軽く頷いた。 「今朝は早起きだったせいもある」 おしぼりで両手を吹くと、熱い緑茶が入った湯呑みを掴んだ。 「朝から直接こっちに来て、広告担当のひとと挨拶したんだ。俺は旅行広告の製作って初めてで。だから、なるべくこの会社のひとと、色んな話をしながら、色々と勉強したくて……」  合間に緑茶を飲みながら、熊谷は俺にべらべらと話し掛ける。 「崇宏は広告デザインには関わらないのか?」 そんな質問には正直に頷いた。 「俺もまだ部署で一番の新人だし」  実際、他の会社に頼んでるのも知らなかった。まだ自分の部者の業務だけで精一杯で。  そういえば熊谷はどの位の期間、ここでの営業に訪れるのだろう? これからしばらく昼食をふたり一緒に食べるのだろうか? 昨夜はこれからの仕事スケジュールは殆ど話さなかったし。 「……でさ、聞いてるのか?」  ぼんやりと頬杖をつく俺の肘を、熊谷が掴んだ。 「あっ……ごめん。俺も昨日、かなり呑んだから……」  焦って応える俺に苦笑しながら、熊谷は腰を浮かせた。 「じゃあ俺、もうそろそろ行くから。また連絡するよ」  トレイを持って背中を向けたから。 「あのさ」  思い切って声を掛けたが、振り向いた熊谷と目が合うと。 「広告の企画、お前なら進むんだろ? どんな風に仕上がるのか、俺にも教えてくれ」  今夜も呑みに行こう、とは誘えずに。ふたりの連絡は途切れないで欲しい、という意思だけ伝えた。 「おう、ありがとな」  俺の言葉を励ましと捉えたのか、熊谷は昔と変わらない笑顔で応えた。 「ちょっといいかな、関根くん。このツアーの件だけど」 午後の休憩中、コーラを飲む俺にそう問い掛けてきたのは、梶沙都美(かじさとみ)という女性上司だった。 「貴方ってこの広告作成企画に回るんだっけ?」  姿勢を正して向き合うと、見知らぬツアーの書類を渡された。 「部署が変わる、って事ですか? いいえ、なにも聞いてませんけど」  眼鏡を直して書類に目を通す。なんで突然そんな事尋ねてきたのだろう? 梶さんはまだ若いが、俺の所属する部署の主任で。移動するなら上司はまず彼女に言うはずだが。 「じゃあ、なんで広告代理店の方と知り合ったんですか?」  横からひょいっと女性社員が質問を足してきた。彼女は確か……照沼(てるぬま)、とかいう名前の先輩だったっけ。 「今日のお昼、食堂で親しげに喋ってたから。広告担当として名刺交換でもしたのかな、って思って」 俺が熊谷とつるんでるのが謎だったのか。 「昔の……中学の頃の、友達で」  戸惑いつつ答えると、照沼は驚いた表情に変わり。 「それであのひとが営業に来ることになったんですか?」  そんな質問にはすぐに首を大きく横に振った。 「いやっ、それは単なる偶然です。昨日たまたま会って」 「へぇ~。凄い偶然ですね。私は中学時代の友達なんて殆ど連絡取ってないけど。その頃からずっと仲良いんですか? よく会って話してるとか?」  早口で疑問を重ねてくる照沼に、また首を横に振った。 「ずっと……疎遠で。昨夜はふたりで呑みに行きましたけど……」  言葉を濁す。俺と熊谷との仲なんて、どう表したらいいのだろう? 照沼はまだ何か言いたそうにしていたが。 「もうそろそろ休憩時間終わるよー」  梶さんの呼び掛けに、俺の回答の続きを待っていた照沼は席に戻った。 「あいつ、照沼さんに挨拶でもしたんですか?」  仕事が終わり。俺はさりげなく梶さんに尋ねた。 「今朝、受付で少し喋ったらしいよ」  何故自分に訊くのか、とも言わずに答える。 梶さんは女性主任のわりに話しやすいひとで。昨夜熊谷と呑みに行った店に、最初に皆と一緒に俺を連れて行ってくれたのも彼女だった。 「照沼さんとそのひとの一対一ではなくて、広告担当の主任とそのひとが話してて。そこに割って入った、みたく言ってたけど」  そして状況説明をも付け足してくれた。 「ねぇ、関根くん。そのひと……貴方の知り合いって、なんて名前なの?」  今度はさりげなく梶さんが尋ねてきた。なんだ、熊谷の事をなんにも知らなかったのか。 「熊谷……熊谷将司、っていいます。あっ、社内ではさん付けで呼んだ方が良いですか? 俺は昔のまま、お前、って呼んでたけど」  どこかほっとして笑いながら話す俺に、梶さんも笑顔で話し掛ける。 「明日は照沼さんが貴方に、熊谷さんの趣味や異性関係は? なんて訊いてくるかも。今朝もあの子、彼は左手の薬指に指輪してなかった、って喜んでたし」  思わず口を噤んだ。 (それ、って……照橋さんは熊谷に……女として興味があるよ、って意味か?)  困惑から俯くと、励ますように梶さんは苦笑する。 「個人情報は保護しなきゃ。関根くんの答えは、知りません、だけで大丈夫。あと照沼さんには自分からも、仕事以外の事はあれこれ訊かないように言っておくね」  なんて応えたらいいのか分からず、俺はただ頭を下げた。

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