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第7話
その日の仕事終わりには熊谷からは何の連絡も来ておらず。俺は少しほっとして、そそくさとひとりで帰宅した。
(お前の事を狙ってる女性社員が居るから気を付けろ、なんて口が滑ったら嫌だ)
熊谷からのLINEだってすぐ返さずとも「疲れて寝てた」とか「用事があった」なんて言えば良いんだ。あいつが俺の生活に首を突っ込む権利なんか無いのだから。
しかしそれは、ふたりとも同じことで。熊谷がだれかと恋人同士になるのを邪魔する権利なんか俺にはない。
それに照沼さんは先輩社員だが、確か俺とは殆ど年齢は変わらないし、外観や雰囲気も可愛らしい人だ。以前、他の女性社員が陰で「女子アナみたいな男受けする容貌」と評していたのを聞いた。
「別に……どうでも良いんだよな。あいつがどうなろうと」
中学時代のキスだって、思い返せばふざけた話だ。それにもし俺と熊谷が異性関係だったとしても、中学で別れた恋人、なんてもう昔の話で。
たとえ熊谷が他の女とくっ付こうが、そのまま結婚しようが、「おめでとう」とだけ声を掛ければ終わりなんだ。
だけど俺は訳も無く苛々しながら眠りについた。
そして翌日の夜。俺の所属する部署は、熊谷が営業に来た広告担当の部署と一緒に呑み会をやることとなった。
仕事終わりにいきなり言われ、梶さんは「参加は自由」と言葉を続けたが。なんとなく嫌な予感がして、俺は行く事にした。そしていつもの居酒屋に入ると、奥の座敷には想像通り熊谷も座っていた。
「……ちょっとすいません、梶さん」
「広告担当の主任の、矢吹 、ってひとが熊谷さんと仲良くなったんだってさ」
俺は背後から小声で呼び掛けただけなのに、梶さんはいきなり語り始めた。
「矢吹くん、自分と同期入社なんだけど。前に彼と自分と照沼さん、三人で呑みに行ったことがあって。それから彼は照沼さんを気に入ってるみたい」
そう言って梶さんはやっとこっちを向いた。
「だから、照沼さんから『部署同士でもいいなら呑みに行きたい』って誘われたときは嬉しかったらしいよ?」
俺の顔を見ながら話す梶さんは、また苦笑を浮かべている。
「こうやって人が多い中で、近付いて直に連絡先交換しよう、とか考えてるのかも」
誰が誰に、とは言わないが分かるだろう、とでも言いたそうな梶さんの傍で。
「はぁ……そうですか」
俺はただぼーっと膝立ちをしていた。
「あっ、崇宏も来てたのか? LINEで『知らない部署の人達と食事行く事になった』って送ったのに。どうして返事くれなかったんだ?」
驚きの声と共にこっちにやって来た熊谷に、俺はあたふたと梶さんの隣に腰掛けた。
「いっ、忙しくてスマホ見てなかったんだよ」
「嘘つけ、既読無視になってたぞ」
熊谷は俺の隣に座り込み、えいっと俺の肩をどつく。
「ちらっと見たけど、返信する暇が無かったんだよ」
「なんだよ、どっちだよ」
俺と熊谷との会話に近くから笑い声があがって。そっちを向くと梶さんが日本酒を呑みながら面白そうに俺たちを眺めていた。
「初めまして、熊谷さん。ツアー申請部主任の、梶、っていいます」
「あっ、はい……」
熊谷はぼんやりと梶さんの手から差し出された名刺を受け取って。一瞬の後、慌ててポケットを探り、梶さんに自身の名刺を渡した。
「自分が広告担当部署の主任さんと同期だから、その繋がりで今夜の急な親睦会の流れになったの」
「矢吹さんと同期なんですか?」
「そう。それで貴方と同級生だった関根くんの部署の主任もやってるの。世の中狭いのね」
梶さんの言葉を聞いた熊谷に、ちらり、と視線を向けられて。
「あっ、うん。そうなんだ。梶さんには色々と教えて貰ってるから」
「ふうん……」
熊谷はジョッキのチューハイを呑み干す。なんだろう、どこか落ち込んだ様子だ。
「せっかくだし、ふたりの中学時代の思い出話でも教えてくれない?」
梶さんは身を乗り出してきて、俺は言葉に詰まったが。
「いいですよ」
隣の熊谷は大きく頷いた。
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