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第7話

学生向けマンションの一室に肉体同士が液体を絡めて当たる音が響いていたが、幸い隣室の住人は仮装してイベントに参加していたためそれを聞く事はなかった。 両脚を持ち上げた譲を膝に乗せ、牧田が激しく動いている。 下から突き上げてくる熱い肉茎の大きさと激しい動きに譲が音をあげるが、満月(と譲の体液)に興奮した牧田の勢いは止まることが無かった。 「ま、まだやんのか?早くおわら…あ……やめっ、あっ……んぅ、ふっ、あっ……」 繰り返される激しい営みにベッド脇のカーテンがいつの間にか開いていて、夜の町が見える。 「出すぞ、っ!……はぁ、っはぁ…」 何回目か分からない吐精の後荒く息を吐いた時、牧田はふと横を見た。そして見てしまったのだ。 マンションの6階、隣のマンションの壁とベランダが横から見える以外何もない。 外の暗闇を背景に、窓ガラスが鏡のように部屋の中を映し込んでいた。そこには、一人しかいなかった。 な…何で俺しか映ってないんだ? 角度の問題か?いやそんな訳ない……。 休みなく求められ流石によれよれになった譲が固まっている牧田に気付き、ぼんやりと視線の先を辿った。 あ、カーテンがあいて外から丸見えじゃないか。 隣のマンションのベランダから身を乗り出せば、照明をつけたままのこちらの部屋が見えてしまう。 でもそんなことよりも、不思議な光景が目に飛び込んで来た。そこにはハロウィーンの満月の力で己の正体を隠しきれなくなった男が一人窓に映りこんでいた。 身体中をアッシュグレーの体毛に覆われ、尻には立派な尻尾が付いている。 は?犬……いや、まさか狼? お互い目を合わせた。奇妙な沈黙が続く。 自分が見ているものを相手も見ているのか確信が持てず、何も言えない。 言ったところで狼男と吸血鬼が同じ大学に通い、うっかりベッドを共にしてるなんて天文学的な確率の偶然をお互い認める事は出来ない。 牧田はさっとカーテンを引き、何も見なかった事にした。 見えない筈のものが見えるのは恐怖だ、しかし今はそんなものは。 まだ身体の中の熱がくすぶっていた。 初体験の相手はいつも自分の世話を焼いてくれる譲だから安心できるし、しかも今夜は満月で血が滾っている。 体位を変えようと膝の上の譲を背中からベッドに寝転ばせた。 点けっぱなしの電灯に思わず遠吠えしたくなるのを我慢して見下ろせば、眼下にはきめ細かい色白の肌。その白い絹肌に自分が付けたうっ血の痕の紅が生々しく誘いかけてくる。 気付かない内に舌なめずりしていた。 譲は、混乱していた牧田の瞳が再び興奮でぎらつくのを見た。喉仏を上下させて生唾を飲み、再び自分を貪ろうとする肉食の獣の気配に一瞬眩暈を起こしそうになった。 求められるのではなく、獲物として身体の隅々まで味わい尽くされる予感にぞくっとした。 それは、今夜の攻守逆転を諦めることを意味していた。 ちっ、俺とした事が、雄のフェロモンにあてられたのか? いいさ、満月さえ過ぎればそれも弱まるだろう。それに正体を明かし、怯えて混乱したところを狙えばなんとでもなる。 なにより、犬のように懐いているさっきまで多分童貞だったヘタレなこの友人の荒いセックスは存外嫌ではなかった。 今日だけは主導権を渡してやる、そう言おうとしたけれど、身体ごと覆いかぶさってきた牧田の唇がそれを許さなかった。 (はい)ったままの牧田の熱が固さを取り戻すのを感じて、譲は重い筋肉質の身体を押し遣った。 「今夜はお前を上にしといてやるから、後背位(doggy style)で来いよ、得意だろ。間違っても正常位(priest style)なんかするなよ」 聖職者(priest)を連想させるものは体位だって御免だ。口の端を上げて見上げれば、自分の言葉を反芻する男がいた。 「うん?うん……よし、まかせとけ!」 張り切った牧田の影にはパタパタと尻尾が揺れている。 外からは能天気なあのフレーズと笑い声が聞こえる。 「Trick or treat? Trick or treat?」 「Happy Halloween!」 ベッドの上で暴れている腹ペコの吸血鬼と狼男にご馳走(treat)はまだない。 ワォ――――――――――ン 遠くに犬の遠吠えと浮かれた仮装集団の声を聞きながら、こうしてハロウィーンの夜は更けてゆく。 【完】

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