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第1話
平日のど真ん中、時刻は深夜の0時を過ぎたところだった。
こんな時間にも関わらず、自分と同じスーツ姿の社会人が、山手線外回りの電車にそこそこ乗っていた。後は酒に酔った大学生が何人か。水っぽい女もいたが、実態は分からない。車内アナウンスが、次の停車駅を乗客に伝える。電車は徐行し始め、宮田 圭一郎はくたびれた顔をあげて座席からのっそりと立ち上がった。
駒込駅のホームにゆっくりと滑り込み、停車した電車のドアが開く。暦上は春だが、まだまだ冬の名残を肌に受ける3月28日……いや、日付が変わっているので29日か。ホームに降り立った瞬間、寒々しい空気に囲まれ、身体が縮こまった。
暖房のきいた電車と外の気温差に、かなり戸惑う。冬物のチェスターコートを身にまとっているのに、それでも防ぎきれない寒さに、ため息が吹き出た。桜の開花も近く、花見シーズンになるというのに、こんなに冷え冷えとしていていいのか。いや、いいわけがない。とっとと暖かくなってくれ。そんな文句を胸のうちで垂らしながら、圭一郎は改札階へと上がっていった。
今年も年度末がやってきた。正月やクリスマスが待ち遠しくなる童謡や名曲があるように、3月の年度末と9月の半期末について歌った曲があるのだろうか。いや、なくて結構だ。
半期末、年度末。文字面を見たり、耳にしたり、口にしたりする度に鬱々とした気持ちになる単語だった。それらにあまり良い思い出はない。むしろ、悪い記憶ばかりだ。
例えば、社会人1年目の9月末。まだまだひよっこだった圭一郎は、次から次へと押し寄せてくる仕事に忙殺されてしまい、3日連続で終電を逃した。うち1日は都庁内の休憩室のソファーで夜を明かし、残りの2日は近くのカプセルホテルで睡眠をとった。
最低限の清潔感を保つため、24時間営業のファストファッション店でワイシャツとハンカチを、家電量販店で電動シェーバーを、駅ビル内で安物の香水と整髪料を買い、何とかやり過ごしたが、もう二度とこんなことになりたくないと青息吐息が止まらなかったのを覚えている。
それからは、効率的に仕事をこなすにはどうすればいいのかということにも、頭を使うようになった。ルーチンワークの合理化や、任された仕事の優先順位のつけ方などを考えて実行し、その内容を省みて改善点を洗い出して再実行し、最適解を得ていった。
こういうのを確か、PDCAサイクルというのだったか……まぁ、いい。とにかく、半期末と年度末の繁忙期に終電に滑り込むため、どれだけ夜遅くの帰宅になったとしても、家のシャワーで身体を洗い、ベッドで横になるため、手際よく仕事を片づける術を身につけていったのだった。
社会人16年目の現在、公金管理課の副課長というそれなりに偉い立場になった圭一郎は、部下の業務をフォローし、部下から提出される申請書等の書類をチェックした上で承認印を押し、課長から承認印をもらう……などといった仕事が主になり、実務を担うより責任を課せられることが増えていった。
部下に任せた仕事の進捗次第で、忙しくなるかどうかが決まる。つまり今日は、かなりの修羅場だったということだ。
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