1 / 7

第1話

「ねえ、あの子誰?」 この大学に通う郁人(いくと)は遠く向こうに一人佇む彼女を見つけた。誰かと待ち合わせだろうか? ある程度顔の広い郁人でも、あそこにいる彼女は初めて見る顔だった。 「ああ、あれ? たまに見かける……可愛いよな。朱鳥(あすか)ちゃん」 一緒にいた輝樹(てるき)は得意げにそう言うものの名前以外は詳しいことは知らないらしく、色々聞いてもしどろもどろだった。 「なんだよ、役に立たねえ。名前だけかよ!お前のことだからそれすら怪しいけどな」 「悪い……てかそんな責められるようなこと? え? 俺が悪いの?」 郁人はよく人を見ていて、可愛い子、綺麗な子はしっかり記憶している自信があった。イベント等を主催しては、そういう女の子らも誘い知り合うきっかけを作り楽しんでいる所謂ウェイ系大学生。女の子が大好き、楽しいことが大好き、バカみたいなことも率先して楽しんでしまうようなそんな人物。飾らない性格で同性ウケもよく人気がある。郁人の周りには常に人が集まってくるから一緒にいれば退屈することはない。顔もそこそこ良いのでいくらチャラい言動をしてても結局はモテる。モテ男を自負している郁人でもあんな子を見逃していたなんてとんだ失態だと、慌てて一緒にいた友人輝樹に聞いたのだった。 遠目でしか見てないけどそれでも朱鳥の佇まいや服装、髪型を見て、今まで魅力的だと思って来た女の子達とは全く違ったタイプなのだとわかる。どうしても目が釘付けになってしまう。郁人は朱鳥に特別に惹かれてしまう自分に戸惑いすら覚えた。 これが一目惚れってやつなのかな? 初めて感じるときめきに、郁人はどうやって朱鳥に近付いたらいいのか考えながらワクワクしていた。 数日後、輝樹から朱鳥について少しだけ情報を得ることができた。実は朱鳥はこの学校に通っているわけではなく、たまたま友人との待ち合わせであそこに立っていただけだという。輝樹はなんと朱鳥と連絡先の交換までしたと言い、自慢げに郁人にそう報告をした。郁人は自分にも教えろと輝樹に詰め寄るも、それは自分で聞くのがフェアだと諭されてしまい反論できなかった。輝樹が連絡先まで交換したのにも驚きだけど、いつも一緒につるんでいる(あきら)が朱鳥の友達だと聞いて更に驚く。なんだよ、そんなの聞いてねえ!と郁人は慌てて晶の元に急いだ。 「晶!こんなところにいた!ちょっと顔貸せ……」 次の日、郁人は早速 晶を捕まえる。昨日はあれからすぐ晶の元へ走ったのに結局会うことができなかった。今日だって普段ならすぐに郁人の所に来そうなものなのに、こんな時に限って姿が見えず、あちこち走り回ってやっと見つけ出したのだった。 「食堂の……テラスでいいか。お前に色々聞きたいことがあんだよ」 郁人はそう言って強引に晶を食堂まで引っ張っていく。晶は郁人に手を掴まれたまま、何事かといった様子で大人しくついて行った。郁人はずんずんと食堂を突っ切り外のテラス席に向かった。 「で!なんでお前と朱鳥ちゃんが友達? いつ知り合ったの? 俺、全然知らなかったし! 朱鳥ちゃんって彼氏いんの?」 「いや…… なんで一々お前に言わなきゃいけないんだ? てか、聞きたいことって朱鳥の事?」 テーブルに着くなり晶は郁人に一気に捲し立てられ、困惑する。郁人がこんなに興奮した様子なのは珍しい。朱鳥ちゃん、朱鳥ちゃん、と何度も聞いてくる郁人が面白くて晶は少しこの状況を楽しんでいた。何事にも主導権を握る事の多い郁人がこんな風に必死になって朱鳥の事を知ろうとしている。郁人が知らない事を自分だけが知っている、という事に晶は優越感も覚えていた。 「お前、馬鹿にしてるだろ? 朱鳥ちゃんって言ってんだから、朱鳥ちゃんなんだよ! あ! 嘘っ? もしかしてお前と朱鳥ちゃんって……」 「いやいや、落ち着けって。朱鳥は古くからの友人で俺の彼女でもねえから…… 郁人? 郁人君? おい、聞いてる?」 郁人は散々捲し立てておきながら、晶の話も上の空で携帯をスイスイ弄り始める。晶は呆れて溜息を吐きつつ、こんなのいつものことだよな、とクスッと笑った。郁人が何をしてるかは凡そ見当はつく。程なくしてパッと顔を上げた郁人はニヤッと笑った。 「今年も昨年と一緒のところでハロウィンパーティやっから! 輝樹も今呼んだし、晶もまたみんなに声かけて。勿論朱鳥ちゃんもな」

ともだちにシェアしよう!