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【奥州の隠れ鬼】雨宿り

弱かった雨足がだんだん強くなる。 武官である渡辺嗣春(わたなべつぐはる)は、京から奥州(現在の東北地方)まで馬を走らせ、はるばるやって来た。 「ふぅ……」 馬は宿に預け、自分は山の中にいざ入らんとする所だったが、急な雨に降られ、麓にある団子屋で雨宿りをする羽目になった。 「全くついてないな……」 独り言をブツブツと言いながら、熱いお茶を啜る。 すると、ふふふ……と静かに笑う声が聞こえた。 顔を上げると、机を挟んで向こう側に年若い僧侶が座っていた。 ……いつの間に座っていたのか。全く気づかなかった。 「何か、私に御用か」 何となく独り言を聞かれ、さらに笑われ、気まずい嗣春は咳払いをしながら、僧侶に聞き返した。 「失礼。何やら、お一人でお話されていたので、気になってしまって」 「あぁ……声が大きかったか。すまない」 僧侶は横に首を振る。 顔はこちらを向いているが、ずっと目を閉じている。大事そうに杖を持ちながら。 この僧侶、盲目か。 「いいえ。こんな山の麓で都の武官様がお一人で何をされているのかと気になって」 「あぁ……少し、尋ね人を……って、何故都の武官だと」 この僧侶は目が見えないはず……もしや、本当は見えているのか? 私を馬鹿にしているのだろうか……。 嗣春は、急にこの僧侶が怪しく思えてきた。 ふふふ……と、また静かに僧侶が笑った。 「なに、簡単なことですよ。あなたの話し方は、ここら辺の話し方ではなく、都の方の話し方。都からやって来たお役人様だと思いました」 「武官だと言うのは」 「それは、刀の音と矢筒(やづつ)の音でございます。お席に座られた時、刀の音と矢筒を置く音が聞こえました。矢筒は置いたが、刀は腰に挿したままということは、長居をするつもりはないのでしょう。雨が弱まったら、山に入るつもりなのですね?」 嗣春は呆気に取られてしまった。 この僧侶と出会って数分も経っていないのに、一瞬で自分が何者なのか読まれてしまった。 「それから、あなたはどこかの貴族様にお仕えしている様子」 「な、何故それを……」 武官であれば、貴族だけではなく、地方にいる豪族に仕える者もいる。 「香りです」 「か、香り……?」 嗣春は自分の着物についているらしい香りを確かめようとくんくんと嗅ぐ。 「香りというものは、不思議なもので、自ら纏っていると気づかないもの。……あなたからは沈香や白檀の香りがいたします」 我が主、羽衣貞観(はごろもていかん)様の好まれている香りだった。 「……お主は、一体……」 ふふふ……と僧侶は笑うと、閉じていた目が開かれ、漆黒の瞳と嗣春の瞳がぶつかった気がした。 「何のこともない、ただの旅の僧侶です」 にんまりと笑うその顔は、美しくも恐ろしい。 底が知れない。 「それから武士様、山に入らない方がよろしいかと」 「な、何故だ……何故、お主にそんなことを言われなければならぬ!」 嗣春は、何か恐ろしい者を相手しているような気がして、思わず大声を上げてしまう。 団子屋の年老いた女は耳が遠いのか、驚きもせず鼻歌なんぞ歌いながら針仕事をしている。 怖がっているのは自分だけ。 恐れているのは、自分だけ。 「いませんよ。あの山には、貴方様が求める者は」 「求める者って……」 こいつ、分かっているのだ。 何故、嗣春がこんな奥州の山までやってきたのかを。 「探しに来たのでしょう?」 そうだ。 探しに来たのだ。 「鬼霧山の鬼を……」 「何を知っておるのだ、お主」 ふふふ、ふふふ……と、笑っている。 「何がおかしい」 口元を抑えながら、僧侶は笑っている。 「いやね、なんて事ないお話なんですよ……。良かったら、雨が降っている間、暇つぶしにお聞きになられますか?」 やはりついていない……こんな怪しい僧侶の話を聞く羽目になるとは……。 嗣春は、刀を下ろし、腰を据えてこの怪しげな僧侶の話を聞くことにした。

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