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羽衣山荘にて
「それで、嗣春、その怪しげで面白そうな僧侶に捕まって、話を聞くことになったのだな?」
嗣春がお世話している主、羽衣貞観は子供らしい笑い声をあげながら、嗣春の話を聞いていた。
「面白そうって……そもそも、貴方様が『噂を確かめたい』などと言い出すから、こんなことに……」
「お主が確かめに行くと言ったのだぞ?我は自分で確かめに行くと言ったのに」
貞観は唇を尖らせながら、文句を言った。
その可愛らしい様子は親王として都の中枢にいた時と変わらない。
むしろ、その時よりも子供らしく、のびのびとしていらっしゃるように思えた。
「どこから、そんな噂を取り寄せるのですか?」
「山荘にやってくる客人をもてなすと、色々なことを教えてくれる。我が見ている世界というのは、本当に小さいのだと思う。そう、この丸窓くらいしか、きっと見えていないのだ」
自室の丸窓からは、楓が紅葉をし始めていた。
「ここにいると、本当に四季の移り変わりしか分からぬ」
「貞観様……」
羽衣貞観は世が世なら、帝になられるようなお方。
一武官である嗣春が、気安く話せるような存在ではない。
貞観の父である先の帝が崩御された後、藤原氏が関白となられ、皇后との子である貞信 親王が帝となった。まだ五つの幼い帝であった。
貞信親王が産まれる前までは、皇后の次に位の高い小松中宮 の子である貞観が帝になられる予定だった。
貞信親王がお産まれになって数年、貞観が齢十五の頃、親王が帝になられた。
新しい帝の転覆を目論むのではと怪しまれた貞観は、皇后や藤原氏から命を狙われるようになる。
そこでお守りしていたのが、嗣春だった。
もともと政 に興味のなかった貞観は、齢十五という若さで、出家することになったのである。
そして、嗣春はそのままお世話係として、貞観に仕えている。
「そんなことより、嗣春!その面白い僧侶の話を聞かせてたもれ」
そう言って、ゴロリと横になった貞観は甘えるように嗣春の膝に頭を乗せる。
「貞観様……っ!また、そのようなはしたない格好をされて……」
「お主の膝は良い枕になる。早う、話せ」
日に日に美しくなっていく貞観に対して、密かな胸の高鳴りを抑えながら、咳払いをして、嗣春は話し始めた。
「その僧侶の名前は、『慶明 』と言いまして、なんでも都にある明光寺 という寺の僧侶だそうです……」
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