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執念
【喫茶ブレイクにて】
「それで、一体小箱には何が入っていたんだ?」
慶明の友人である渡辺は手帳に一生懸命、慶明の話を書き留めている。
「それはね……」
「あら、慶明さん!」と派手な白いスーツに身を包んだ女性が現れた。
「勝さん、お久しぶりですね」
「ええ、やっと兄の葬儀も終わりました。慶明さんに教えてもらった通り、六安寺の林の奥に流兄さんの遺体を見つけました。事件から三年経っていますから、白骨化していましたが、兄だと分かりました。……小箱の中身のおかげです」
「小箱の中身?」
渡辺は首を傾げている。慶明は自分の友人だと紹介する。
「小箱の中身は、流兄さんの左手の小指が入っていました。それからその指に嵌った銀の指輪も」
「そうか!その遺体には左手の小指がなかったのか!」
「ええ、そうなんです。小指の欠損が決定打となって流兄さんだと。遺体は智永兄さんと同じ墓に入れました」
「流さんも智永さんも喜んでいるでしょうね」
ポツポツとまた雨が降ってきた。
「流兄さんの愛し方は異常だったかもしれないけど、それでも仲のいい兄弟だったから、智永兄さんも喜んでいると思います」
「花屋敷家は勝さんが継いだんですよね」
「ええ。反対意見もありましたが、押し通しました。前々から会社を立ち上げたいと思ってたんです。もう女は家を守るなんて時代では無くなりますからね」
何か吹っ切れたような晴れ晴れとした声だ。
「そう言えば、花屋敷家は少し特殊な家の継ぎ方をするんでしたよね」
「あぁ、名前のことですか?」
勝は名刺ケースから名刺を取りだし、慶明と渡辺に渡した。
『花屋敷家六代目 花屋敷 智恵 』
「花屋敷家は代々『ともえ』という名前を継ぐんですよね」
「やっと『勝』っていう名前を捨てて、女らしい名前になったわ。ずっと智永兄さんの名前が羨ましかったの。ずっと欲しかった名前……」
うっとりとしながら、自分の名刺を見る勝の目が渡辺は少しだけ怖く感じた。
「指輪はどうしたんですか?」
慶明は聞くと、ふふっと笑った。
「あれは大事にしまってあります。やっと銀の指輪を手に入れたのよ。無くしたら大変。あの指輪も子どもの時から欲しかったんです。子どもの時に流兄さんに欲しいって頼んだら、すぐにぶたれて……やっと私の物になったの。大事にしないと。あら、もうこんな時間、失礼しますね」
勝は急いで喫茶店から出ていった。
渡辺は何だか得体の知れない怖さが背筋に走っていた。
「慶明、あの人、本当に兄を探していたんだろうか……」
メロンソーダを慶明は啜る。
やっぱりおいしい。
「……そうだと、願いたいですね。彼女は欲しいものを二つ手に入れて満足したようですが、人間の欲は無限ですから」
「二つ手に入れた?指輪のことか?」
「指輪と名前ですよ。……そういえば、蛇はね、執念の化身なんですよ」
あの蛇はもうあそこには出ないだろうが、執念がある限り、またどこかで出るかもしれない。
降り始めたと思った雨はいつの間にか止んだ。
通り雨だったんだな、と慶明は最後に残しておいたさくらんぼを食べた。
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