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蛇の正体
智永が危篤だと電報が届いた。
復員船が遅れ、すぐに帰ることが出来なかった。
列車に飛び乗り、早く着け、間に合えと願いながら、駅を出て走った。
雨が降り始め、ずぶ濡れになることを厭わず、寺まで走り続ける。
石段に滑りそうになりながら、本堂に滑り込むように入ると、親戚たちが喪服を着て、座っていた。
「流さん、惜しかったな……昨日着いていたら……」
昨日、智永は死んだという。
棺桶の方まで歩き、蓋を開けると眠るような顔をして収まっている智永がいた。
「智永……」
棺桶からなかなか離れない俺を親族たちは引き剥がすように別室に連れていった。
叔父や顔も見た事もないような親戚たちが、「可哀想に……」「辛いな」と安っぽい同情の言葉を吐く。
「ところでな、流くん。花屋敷の家の事なんだが、長男の智永が亡くなった今、君が継ぐことになると思う。お父さんも体が悪いし……こんなことを言っては智永くんに悪いが、前々から君が継ぐのがいいと思っていたんだ」
「智永がいる手前、君を世継ぎにといいづらかったが、これで進めることが出来る」
「やっと終戦になったし、進めたい事業があってな。大金がいるんだ……君ならその大金も動かせる」
「智永の遺産もあっただろう。それも使えばいいしな。こんな時にすまないが、融資してもらうようにお父さんに言ってやってくれないか?」
うるさい。
何か周りで喋っている。
うるさい。
何を喋っているんだ?
人間の言葉で話しているのか?
不意に耳元でシューシューという蛇の声が聞こえた。
あぁ、そうか。
こいつらは蛇なんだ。
前に殺した蛇がイタズラしているのかもしれない。
だったら、
もう一度、殺さないと。
ーー
「思い出しましたか?」
「……え」
「思い出したでしょう」
恐る恐る自分の右手を見ると、血まみれのナイフが握られていた。
「あぁ、確かに殺した。親戚たちを……皆、皆……」
全て思い出した。
俺は小箱の蓋を閉め、棺桶の蓋を開けるとしゅるりと白蛇が一匹這い出てきた。
思えば、あの時、殺した蛇は白蛇だったかもしれない。
心做しか、智永の顔は穏やかに見える。
「遅れてすまない、智永。今からそっちに行くよ」
そっと最後の口付けをする。
冷たい唇。
「流」
智永の唇がそう動いた気がした。
「流さん、もう行かれるのですか?」
「慶明さん……全て思い出した。智永を一人にはしておけない」
「そうですか。……勝さんが、その箱を探していました」
「勝が?……まぁいい。渡してやってくれ」
慶明は両手で小箱を受け取る。
俺はそのまま本堂を出て、林のずっと奥に進む。
人気のない所まで行き、座る。
「智永、今行く」
俺は、持っていたナイフを腹にあてがった。
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