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六安寺の蛇
二年ぶりに日本に帰ってきた。
戦争が苛烈を極まってきた頃、東京の実家は家だけを残して別の所へ疎開してしまったらしい。
陸軍に志願し、死線をくぐり抜けたこの二年。
私は愛しい兄に会うために、電車を乗り継ぎ、片田舎の六安寺という寺を訪ねた。
なんだか雨が強くなってきた。
「すみません……どなたかいらっしゃいませんか?雨が強く雨宿りをお願いしたいのですが」
僧房の玄関で寺の者を呼ぶ。
奥から、「はい」と奥から墨色の僧衣を来た兄、智永が出てきた。
「流、久しぶりだね。息災だった?」
「あぁ、大丈夫……とは言い難いが、五体満足に過ごしてる。東京に帰ったら家がなくって、泊まる場所がなくて困ってるんだ」
「それなら、ここに暫く泊まるといいよ。今、部屋を用意する」
俺は兄さんの細い腕を取った。
もともと細い人だったけど、また一段と細くなった気がする。
「兄さんと同じ部屋がいい」
「いや、私は他の兄弟子たちと部屋を共にしてるから……」
他の兄弟子と?
「だったら、部屋を用意して、俺と同じ部屋に寝たらいい」
「……分かった。今、部屋を準備するから、上がって待っててくれ。和尚様にもお話してくるから」
俺は頷き、玄関に座りながらゲートルを外し靴を脱ぐ。
そのまま待っていると、和尚らしき人が智永とやってきた。
「夢弦の弟さんだそうで……陸軍上等兵と……何も無いところですが、ごゆるりとおやすみくださいませ」
夢弦とは智永の僧侶としての名前だ。
「和尚様、智永がお世話になっております。今晩は私と一緒の部屋でもよろしいでしょうか。兄弟水入らず、話したいこともあるのです」
和尚はにこりと笑いながら、頷いた。
「この寺は自由にしてもらって構いませんが、流さん、一つだけお約束してもらいたいことがあるのです」
「何でしょう?」
和尚は変わらずにこにこしながら笑う。
もうずっと笑っているが、声が少し低くなる。
「蛇を、殺してはなりませんよ」
さっきから降り続く雨の音に紛れて、しゅるしゅると何かが這う音が聞こえた気がした。
竹藪の中、黒い車が止まっており、時々、ギシギシと音が聞こえる。
「……智永っ、好きだ……っ」
狭い車内の中、絡み合うように二人の男が抱き合っている。
流は兄の墨色の僧衣を捲し上げ、露になった白い太ももを撫でる。
「流……この車、どうしたの?」
「これは、ここの地主の人に借りたんだ。智永が寺でこういうことは嫌だって言うから、わざわざ借りてきたんだ」
流は智永の足の間に口を近づけ、陰茎を口に含む。
「んんぅ……やっ!流……これ、やだぁ……」
「智永は、何でもイヤイヤってワガママばかりだな……でも、そういうところは普段と違って可愛いね」
智永に口付けしながら、菊座に指を入れる。
狭い中を指でこじ開けながら、進み、上の方を擦る。
「んっ、あぁ……っそこ、駄目……っ」
「駄目じゃなくて、いいんだろ?」
嫌だといいながら、智永は流れの腰に両足を絡める。
こうやって密着するととても安心する。
「密着すると安心するな、智永。俺も安心する。狭いところにいると特にな。きっと、胎内の中のことを思い出すんだろうな。胎内の中で、俺はきっと智永に抱きしめられてたんだ。だからこうやって……」
智永の菊座から指を引き抜き、流は怒張したそれを菊座にあてがうと一気に突き刺した。
「ひゃ……っあ、あ、あぁ……っ!!」
あまりの快感の波に智永の腰が弓なりにしなる。
「俺はきっと卵の時は智永と一緒だったんだ……そこから別れて……だから俺は智永の中が一番落ち着く。動くよ……智永」
グチュグチュ……と水音が狭い車内に響き渡る。
智永のいい所を擦り上げながら、律動する。
「智永……もう、イク……っ!」
「な、がれ……私も……もう……」
ぐ……っと押し付けると、熱い種が智永の中に注ぎ込まれた。
流はビクビクと震えたあと、智永の上に倒れ込む。
智永は力が抜けて、流の腰から両足を解くと何か硬いものに当たった。
少し覗き込むと、智永は目を見張った。
それに気づいたらしく、流はそれを取りだす。
「これは軍用の拳銃。護身用だよ」
「ご、護身用?」
「あぁ、智永にいやらしい事をするクソ坊主がいたら、撃ち殺そうと思ってた」
「そんなことっ!」
「冗談だよ。いくらなんでも、殺さないさ。……一応言っておくけど、この車も脅し取ったわけじゃないからな」
流は右の口角を上げながら笑う。
智永は知っていた。
右の口角をあげて笑う時、それは流が嘘をつく時の笑い方だと言うことを。
「……そう、だよね」
しかし、智永はただその嘘を受け入れるしか無かった。
しゅるしゅると何かが這う音がする。それは、流も気づいたらしく、辺りをうかがっている。
車のフロントガラスに蛇が一匹這っていることに気づいた。
「蛇……!」
流は無言で車から降り、フロントガラスに張り付いた蛇を地面に叩きつけると、パァンッと乾いた音が響き渡った。
智永が慌てて車から降りると、流れの持った小銃の銃口からは細い煙が上がっている。
草むらには頭を撃ち抜かれた白い蛇が死んでいた。
「智永、何かを殺す時は頭を撃ち抜くのが一番なんだよ」
にこりと笑いながら、誇らしげに言う流が智永は怖かった。
一週間逗留した後、流は小箱を智永に預けた。
「智永、この小箱の中には俺の命を入れてある。智永に俺の命を預ける」
「命?」
「うん。帰ってくるまで、それを開けないで」
「……分かった」
「もし帰ってこなかったら、開けてもいいよ。驚くと思うけど、俺は智永に本気だって分かってくれると思う」
その小箱を受け取ると、流は寺の石段を降りていき、フィリピンへ向かっていった。
激しい戦争の後、燃え尽きたように人々は荒野をさまよう。
その様をラジオで聞くと、なんとも心が痛む。
そして、出征した流は生きているのだろうか……。
早く帰ってきて欲しい。
最近、病が進んでいるようで、発作がよく起きる。
(もう、長くないのかも)
一人であるからか心細くなる。
傍らに妹の勝からの手紙と送られてきたお茶を飲み、自分の心を慰める。
(早く帰ってきて欲しい。皆で暮らしたい)
カサカサと外で音がする。
庭に出てみると、真っ白な蛇がそこにいた。
「蛇……」
智永はドキリとした。あの夜、流れが殺した蛇のことを思い出した。
じっと佇むような蛇は、なんだか智永を責めているようだ。
白い蛇は神様の使い。
何か自分に警告をしに来たのだろうか……
それとも罰を与えに来たのだろうか……
じっと見られている間、胸がどんどん苦しくなる。
呼吸も荒くなる。
(発作……薬を……)
そのまま部屋に引き返し、机にしまってある薬を取ろうとした時、足がもつれて転けた。
転けた衝撃で机の上にあった小箱が畳の上に落ち、蓋が開いた。
その箱からはポロリと中から何かが出てきた。
その物体を見て、驚いた。
『俺の命を預けていく』
そう言った意味がようやく分かった。
胸をぐっと締め付けられる。
もう、ダメだ……。
手足はもう動かない。
目の前が霞む。
しゅるしゅると何かが巻きついてくる。
あの白蛇かな……。
「ごめんなさい……」
ごめんなさい……流れを許してください……。
蛇を殺しても、怒らなかった私に罰を与えてください。
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