12 / 15

依頼 その一

【喫茶「ブレイク」にて】 カランコロンというベルの音と共に、カツカツとハイヒールの音が近づいてくる。 「あなた、慶明さん?」 早口な女性の声。 「はい。あなた、勝(かつ)さんですか?」 「ええ、そうよ、花屋敷(はなやしき) 勝。その名前、いやなのよね。だって、字面だけ見たら男だもの。だいたい『まさる』とか『しょう』って間違えられるのよ。いかにも戦時中の名前よねぇ。私って昭和一桁生まれで、これから世界列強に勝つ!!って意味だったらしいのよねぇ。男につけろよって感じ」 とても早口な女性。 パチンと何かを開けて、シュボッという音がした。 ジッポで煙草に火をつける音だ。 「煙草吸われるんですね」 「ええ。嫌だった?」 「構いませんよ」 勝は女給を呼び止め、コーヒーを頼んだ。 「あなた、何か飲む?私と一緒でもいい?」 「いえ、私はコーヒーはあまり……メロンソーダがありましたら、それがいいです」 女給と勝が少しの間、黙る。 何かおかしなこと言っただろうか。 「あなた、お坊さんなのにそういうの飲むのねぇ」 「しゅわしゅわして美味しいですしね。口の中が楽しいし、メロンなんてめったに食べられませんし、おまけに缶詰のさくらんぼもついてる。お店よってはアイスクリームもついてる。とても好きです。この歳まで生きててよかったなと思います」 「あらやだ。慶明さん、まだ若いじゃないの。肌だってつるつるだし、羨ましいくらい。おいくつなの?」 運ばれてきたメロンソーダを一吸いする。 うん、こんなしゅわしゅわしたものは昔にはなかった。 「そうですね、ざっと900歳くらいでしょうか」 一瞬、場が凍りついた気がした。 「あなた、そういう冗談言わなさそうなのに……面白いお坊さんね」 「いやぁ」 「褒めてないわよ」 じゅっと灰皿にタバコを押しつける音が聞こえる。 「そろそろ本題に入りましょうかね……。東京から列車で二時間の場所に六安寺っていう廃寺があるの。そこは元々花屋敷の家と懇意にさせてもらっていてね。その土地を買取ったの」 「寺自体はもうないのですか?」 「ないわ。取り潰したの」 取り潰したとは穏やかじゃない。 「これを見て」と鞄から何か紙を取り出した。 「すみません。私、目が不自由なもので」 私は盲目なので、音や声、気配でしか見えない。 「あぁ、ごめんなさい。……これは三年前の新聞の切り抜き。『一族惨殺、双子の弟の狂気』……この双子というのは私の兄たちのこと。名前は智永と流。何がきっかけがわからないけど、兄の智永の通夜で、弟の流は一族、寺の者を全員ナイフで殺したの」 「あなたはその場にいらっしゃらなかったのですか?」 「私と母は、まだ満州にいたの。引き上げ船の順番待ちの最中で、帰ってきたらこの有様」 「それは……驚いたでしょうね」 ふっ……と自嘲するような笑い声。 「いつか、こんなことになると思ってたわ。流兄さんは……異常だったから」 「異常?」 コーヒーを飲む音、コップをソーサーに置く音。 「流兄さんわね、双子の兄である智永兄さんを愛してたの。束縛してた……といっても過言ではないわね。智永兄さんは体が弱くて、流兄さんがいつも面倒を見てた。仲のいい兄弟。傍から見ればそんな感じだったけど、身内から見れば、流兄さんは智永兄さんを愛してた。それは兄弟愛じゃなくてね。智永兄さんは悲しいくらい優しい人だったから、そんな流兄さんのことも受け止めていたけど」 ぽつぽつと雨が降ってきたらしい。 「あの事件の日も雨が降ってたらしい。一族と寺の人達を殺した後、流兄さんは姿を消した。その後からかな、蛇の呪いだなんて、変な噂が立ち始めたのは」 「蛇の呪い?」 「この秋雨の時期になるとね、出るらしいのよ。大量の蛇と、智永兄さんの幽霊が」 大量の蛇? 「何故、蛇が……?」 「だって、智永兄さんの棺桶の中には蛇が巻きついていたから……だからね、あなたにはその霊を祓ってほしいの。それからね、あともう一つ探し物をお願いしたいの」 ストローでメロンソーダをひと混ぜすると、しゅわしゅわと音がした。

ともだちにシェアしよう!