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まぐわい
匂い立つようなお香の香りは、俺の思考を鈍らせる。
どこか窓が開いているのか、それともの俺と智永の熱気なのか、燭台に立っている蝋燭の火はときよりゆらりとゆらめく。
「智永……っ、綺麗だ……」
蝋燭の明かりの下で、智永の体はぬらぬらと怪しい光を放ちながら、俺を誘っている。
快感に捩れるその姿は、まさに……蛇がうねるよう。
「いやっ、流……お願い、これ以上、私の体を見ないで……っ」
か細い両腕で、己の体を見せまいと抱きしめる。
そのいじらしい姿がさらに俺の欲情を掻き立てる。
何年も何年も兄の体を頭の中で嬲った。
美しい兄の体を。
それが今では人を超えた姿となり、俺に組み敷かれている。
まだ完全ではないらしい。
右側はまだ人間の皮膚をしているが、左半身は白い鱗に覆われている。
白い鱗は光に当たると、螺鈿のように白磁から虹色に輝く。
さらに左目は蛇の目のように金色に光り、瞳孔が縦に細くなっている。
剃髪しているためか、後頭部から首筋にかけての曲線も蛇を思わせて艶かしい。
「流……これ以上は……あっ!」
智永の足を大きく開く。
中央に立つ陰茎は夜露に濡れた花のようにトロリとした蜜を零している。
蛇身に窶 した兄は妖というより、神に近いような気がした。
「智永……」
花の蜜を吸うように、俺は兄の陰茎をぱくりと口に含んだ。
舌の上で転がすように舐め回すと、智永の体は弓なりに反り返った。
「んぅっ!ん、やぁ……いやぁ……!」
同時に菊門にも指を這わせ、指を押し込み、智永のいい所を何度も攻めると、陰茎からさらにトロトロと蜜が溢れる。
「頭、おかしくなっちゃう……っ!とけちゃ……ぅ」
もっとおかしくなればいい。
おかしくなって、俺しか頼るものがなくなればいい。
「……例え、智永が蛇になっても、俺は智永を最後まで愛し続けるよ」
「流……!あぁぁ……っ!!」
喉の奥から掠れたような嬌声を上げる智永。
俺は優しく愛を囁きながら、己の滾った陰茎を蜜の溢れる蜜壷の中へ納めた。
何度も何度も中をかき混ぜるうちに、智永の声は甘くなる。
始めは嫌だと首を振りながら拒絶するも、最後には足を俺の腰に絡めて、俺を求める。
「ながれ……もっと奥にちょうだい……っ!もっと……欲しい……」
獲物を絡めとる蛇のように俺の体に絡まる。
変わり身のせいか、二股には別れていないが赤い舌もどこか長い。
時折見せる舌に自分の舌を絡ませ、唇を吸う。
思えばこの口吸いは幼い頃からしていた。
周りに隠れて、何度も智永の唇を吸った。
『病が移るから』と智永は嫌がっていたが、口吸い自体は嫌な訳では無いんだなと思い至ると、またその嫌がる表情もたまらなく好きになる。
初めて体を重ねた時も、うねる蜜壷の中をがむしゃらにかき混ぜ、腰を打ち付けていた。
初めてのまぐわいは、出征前夜。
熱く、溶けるような夜は、今夜のような雨の日だった。
「もっと奥にあげる……智永……」
「流……私も愛してるよ……流が……」
律動をやめ、腰をぐっと智永に押し付ける。
熱いものを注がれ、智永の半鱗の裸体はピンと伸び、嬌声をあげた。
熱を注ぎ終えた後、俺も智永の横に倒れ込んだ。
乱れた呼吸の合間に、智永は何かを言っている。
「流が、どんな罪を犯しても、私も愛してる……」
コロリと智永の手から何かが転がる。
それは金色の指輪。
指輪を手に取り、左手の小指につけた。
ズキンと小指に痛みが走る。
「流、その指輪……」
「あぁ、すまない。これは智永のだな」
「流の指輪、ちゃんと持ってたよ。そこの机に小箱があるから」
机を見ると、小さな木箱があった。
金の指輪は智永のもの、一方俺のは銀の指輪。
花屋敷家の長男に贈られるものなのだが、俺たちは双子だったからか、金色の指輪の他に銀色の指輪を作ってもらった。
その指輪は対になっており、俺達にとっては特別なもの。
二年前、フィリピンへ出征することとなった俺は智永に自分の指輪を預けた。
帰国した時はその指輪を受け取る約束になっていた。
「……流、怪我とか、してない?」
「怪我?いや、特に何も怪我はしていないが」
「……そう」
何か言いたげな智永の横顔。
襖の外から「夢弦、そろそろ……」と盲目の僧侶の声が聞こえた。
「はい。ごめんなさい、流。これから慶明様が読経をしてくださるそうだから本堂に行くね」
「読経?これから?」
確かここに来たのは夜七時ころ、今は九時過ぎではないだろうか。
「慶明様はこの病気を治すためのお経を唱えてくださってるんだよ。夜にしていただくと治りが早くなるんだって」
「その僧侶、信用できるのか?」
読経で病が治るなんて、そんな非科学的なことがあるのだろうか。
怪しすぎる。
「とても良い方だよ。気になるなら、流も来る?」
「……行く」
僧房から出て、本堂に向かうと、読経の声が聞こえてきた。
障子を開けると、蝋燭の火は風でゆらりと揺れる。線香の煙も細く細く上に昇っている。
慶明という盲目の僧侶が大きな箱の前で読経をしている。
(あの箱は、棺桶……?)
「智永、あれは棺桶か?」
隣にいる智永に話しかけるも、返事はない。
横を見ると、煙のように消えてしまっている。
「智永……?どこに行ったんだ?」
「おや、流さんですか?」
慶明は俺の方を向いて、少し笑っているようだ。
「智永はどこに行ったんだ!?どこへ消えた!!」
「智永さんですか?智永さんなら、ここじゃないですか」
慶明はぽんと棺桶に手を乗せた。
「は……?」
「今夜は智永さんの通夜ですよ」
「智永は生きてただろ!!さっきまで一緒にいたんだ」
「それでも智永さんの通夜ですよ。智永さんはもうお亡くなりになりました」
「そんな……馬鹿なこと……」
馬鹿なこと、あるわけない。
あんなに愛し合ったのに、あんなに抱きしめ合ったのに。
俺は腰にあったナイフを抜き、慶明に目の前に切っ先を突きつけた。
こんなふざけた奴、早く殺してしまおう。
早く殺して、智永を見つけて、ここから逃げよう。
「また殺すんですか?」
「またって何だ……戦争で人を殺したって言いたいのか」
「違いますよ。殺したでしょ?」
「誰をだ!!」
そう叫んだ瞬間、ドーンと雷が落ちた。
バリバリっと雷の光が本堂の床を照らすと、自分の周りに死体がゴロゴロと転がっている。
顔は見たことがある。
親戚縁者の面々が血塗れになって、死んでいる。
「……何だ、これは」
「あなたが殺したんでしょう。智永さんの通夜の日に」
「違う……あれは違う!!あれは、あれは……」
シューシューと蛇の呼吸が耳元に聞こえる。
「あれは『蛇を殺したんだ』っ!!」
俺は慶明に向かってナイフを突き立てた。
ぐさりと刺さった。
目を開けると、金色の目と目が合う。
頬の白い鱗の上から涙が一筋流れている。
蛇のような細く長い八重歯が覗く口からは血が流れ、シューシューと苦しげな呼吸。
胸に刺さったナイフから手を離す。
「智永……!」
「流、ごめんね……先に死んで……」
「智永……!!」
「流、これを返すよ……」
懐にしまっていた小箱を差し出した。
じんじんと左手の小指が痛む。
小箱を受け取り、俺は、そっとその箱を開けた。
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