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エピソード0 小森優衣(1)

~優衣side~ 『俺、あんたを妹だと受け入れたわけじゃねえから。親父がそうしたがってるから、俺もそうしてるだけ、だから』 冷ややかな目で言われた。 わかってる。そんなこと。 馬鹿じゃないの。 私だって、あんたを『兄』だなんて認めないから。  道元坂恵が勝手に手続した高校の制服に袖を通す。  紺色のセーラー服。膝より上の短いスカート。黒い鞄を肩にかけると、私は自室の扉を開けた。 「あ?」と低い声を、蛍にあげられる。  大学に行くのか。私と同じように肩から鞄をかけて、廊下を歩いていた。 「さいあく」と私は言葉を漏らす。  心の奥がちくりを痛んだ。蛍から目をそらすと、「ちっ」と舌を打った。 「女のくせに舌打ちかよ」と蛍の言葉が聞こえる。  っるさい!  舌打ちさせてるのは誰のせいだと思ってるのよ。 「蛍様、お車のご用意が出来てます」  玄関から、蛍の部下が声をかけてくる。黒いスーツに身を包んでいる部下の男は、私と目が合うと挨拶をしてくれた。  お母さまから引き継いだのに、蛍はうまく運営できてない。むしろダメにしていると言っていい。  私だったら、もっとうまくできるのに!  私はぷいっと視線を逸らすと、居間へと歩を進める。 「城之内か。送り迎えはいらないって言ってるのに」  蛍がくしゃっと表情を崩して笑った。  ドキンっと胸が波打つ。  ちがう。私はこんなヤツ……。なんとも思ってなんていない。 「以前のようなことが無いように、と。道元坂様やライ様からもご忠告を受けておりますので」 「大丈夫だろ。それより、妹を頼むわ。いきなり日本に連れてこられて、土地勘ないだろうから。高校まで送ってやって」  部下の男が、ちらりと私を見やってから「承知いたしました」と頭をさげた。 「妹扱いしないって言ってたくせに。なにそれ?」  私は蛍を睨み付ける。 「俺は親父が望むようにしているだけ」 「今更、家族ごっこに意味があるわけ?」 「意味の有無なんて関係ねえよ」  フッと蛍が笑うと、「じゃあ、城之内。頼んだ」と言って、家を出ていった。  大きな蛍の背中が離れていくのをただ眺めていると、城之内が微笑むのが見えた。 「何がおかしい?」 なぜ、笑うの? 「いえ。失礼いたしました。蛍様のご成長ぶりが微笑ましく感じただけです」 「なに、それ。うざい」 「でしょうね」と城之内が小さく低い声でこぼした。  微笑んでいる顔とは真逆の冷たく低い声。まるで私を軽蔑しているのかよう。  いや、軽蔑してるんだ。  急にぽっと沸いた面倒な存在に。どいつもこいつも、うんざりしている。 「は?」 「仲間はずれなのが悔しいのでしょ? 自分だけ他人に育てられたのが、ただ寂しいだけ」 「意味わかんない。悔しくもないし、寂しくもない。バカじゃないの?」 「そうとう重症。学校にお送りいたします」 「なに? 何が言いたいの?」  こいつ、なんなの。  私に何が言いたいの?  悔しいってなに? 寂しいってなによ。  私はここに居たくて、来たわけじゃない。  父親を認めたわけじゃない。  椿さんが、あの男が父親だからって押し付けて姿を消したから。ここにいるだけ。  椿さんも、椿さんよ。なんで父親が迎えに来たからって、あんな男に私を預けていくの。  私は父親の元に行きたいなんて言ったことないのに。  父親なんて知らなくていい。母親なんて必要ない。  椿さんさえいれば……。それでいいのに。  どうして私の気持ちを誰も理解してくれないのよ。  マンションの地下駐車場にいき、黒塗りの車の前に立つ。  城之内が後部座席をあけると、座席に茶封筒が置いてあった。 「なんかあるけど? 蛍に渡したかった書類なんじゃないの? 邪魔」 「いえ、それは優衣様にお渡ししたくて用意したものです」  私は眉間に力を入れて、城之内を見た。  だって、蛍の送り迎えのために来たんだよね?  なのに私に渡す書類を置くってなに、それ。 「蛍様が送迎をお断りになるのはわかっていましたから。さらに、優衣様をお送りするようにおっしゃられるのも想像ついておりましたので、事前にご用意させていただきました」 「なんなのよ、これ」 「中身を見ればわかることかと」 「見たくないから聞いてんの」 「なら見なくて結構。鞄の肥やしにでもしておくといいでしょう」  茶封筒を手に取ると、私は開けずに鞄の中にねじ込んだ。  何が入ってるかわからない。見たくない。

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