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chapter.1-1 Jolly Roger

日本よりリモートワークが進む大国。 駅近に構えたオフィスも最早形骸化し、その日も朝のLA支部は静まり返っていた。 ガラス張りのモダンなエントランス。 自然な色合いの美しいセラミックタイル。 比較的手狭ながら、洗練されたビジュアルに時折うっとりする。 宵はベランダで星を見つけるも良し、日中は外のベンチでベーグルを食べるも良し。 転勤に渋っていた萱島ですら、その景観に即刻で心変わりをした。 そんな贅沢な作業環境の一室。 一体明朝から、どうしてこんな事態になっているのだろう。 「…の、圧し掛からないで貰えないでしょうか」 消え入りそうな声でぼやけば、頭上から剣呑な視線が降ってくる。 管理職故に2人社に寝泊まりする事も増え、萱島には稀にこういう危機が迫っていた。 「上に乗る方が好みか?」 「そういう位置の話ではないんです…」 「他の件なら心配するな、鍵はさっき掛けといた」 いつの間に。 百面相するこの海外支部の長…萱島は、朝も早くからサポート役の青年に引っ繰り返されている。 確かにプライベートで語るなら、君は旦那様である。 然れど現在、会社でこの様なことに及ぶのは如何なものか。 「ですから所謂TPOの話をですね」 「仕方ないだろ、ここ数週間まともに帰れてないんだから」 「うぐう…」 今日も綺麗に退路を断たれ墓穴を掘った。 因みに籍こそ平等に名前を書いて入れたが、この辺りの上下関係はまったく変わらなかった。 寧ろ年々酷くなっている。 もう最近では、萱島が日に三度は謝っている。 先からソファーの上で身動きも取れず、恨みがましく影をつくる戸和をじっと睨め付けた。 以前よりやや伸びた黒髪。 年々鋭さを増す瞳。20を越えてから、どんどん余裕を醸し出した隙のない容貌。 (かっ…こいいなしかし) のろけたつもりはない。 素で間抜けに見惚れている。 なんせ日に日に成長する彼を、特等席で眺められるのだ。 これほど贅沢な特権があるだろうか。

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