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chapter.2-27

「…私が此処で市民権を得てるのは、元はと言えば“都市熱”の所為なの」 「都市熱?」 行きに越えた風景を辿りながら、社用車のハンドルを切る。 隣では出自を語り始めたパトリシアが、日に焼けた毛先を弄んでいた。 「モスル熱って言ったら分かるでしょ?この国を中心に蔓延して、大量の死者が出たの。15年以上前の話だけどね」 確かにその病名なら知っていた。 日本でも渡航者からウイルスが持ち込まれ、よもやグローバルパンデミックかと大事になっていた。 「ファルージャの病院に勤務してたママも感染してね、パパはウイルスをアメリカの大学に持ち帰って研究したわ。そして遂に抗ウイルス薬開発に行き着いた。まあママは間に合わなくて死んじゃったし、パパもその後直ぐ死んじゃったんだけど」 時系列から察して、未だ少女が幼い頃の話だろう。 ただ今はあっけらかんと喋る様子を目に、無用な慰めの言葉は仕舞い込む。 「パパの開発した抗ウイルス薬は、中東の危機を救ったわ。此処では彼は神様なの、だから娘の私も好待遇ってわけ」 「成る程な…因みに、お父さんの名前は?」 集会場を越え、直に本社のある公園裏が見えてくる。 今日のタイムオーバーが迫る中、本郷は漸く彼女から入り口の鍵を入手していた。 「バート・ディーフェンベーカー、アメリカ人よ」 矢張りこの子は、神崎の腹違いの妹だ。 だがそれがどうして、神崎を付け狙うトワイライト・ポータルに在籍している。 「そうか…兄弟も居ないのか?」 「居ないわよ、今は会社のみんなが家族だけどね」 嬉々と輝く目が、作られた嘘だとは到底思えない。 この子は、パトリシアは恐らく、水面下で動くTPの計画を知らされていないのではないか。 (家族、ね) 怪しいものだ。CEOがこの子に向けていた、何処か他人行儀な視線も含めて。 この会社とパトリシアの繋がりは遥か昔に遡り、今になってその兄の所在を追っている。 そして背景にあるのは、恐らく大功績を残した父親の存在。 再びこの一家を軸にして、始動したTPの計画とは一体。 next >> chapter.3

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