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chapter.3-33
「待て待て和泉!社長だって呑気にバカンスしてた訳じゃねんだぞ」
「いや…謝った方がいいよ一回、取り敢えず一回謝りなよ」
「謝る?何に謝るんだよ一体」
「正気かこの大人」
背後では係の連中が着々と距離を詰めている。
そんな現状も忘れ、雇用主は殺意を募らせる部下へ火の粉をぶっかけていた。
「いい加減にしろ、お前ら俺の事舐めてるだろ」
「えっ、この状況で何を強気に出てんの」
「俺は生まれてこの方自分が悪いと思ったことなんか一回もねんだよ!」
「知ってるよ!!言葉に出さないでよムカつくから!!」
あわや、こんな窮地で内ゲバが始まる。
騒ぎを感知した係が指差そうが、意に介さず戸和が雇用主を引き倒している。
勝手極まりない内輪揉めで、生垣がガサガサと揺れ動いた。
矢先、怒れる青年の肩へ、当たり前に追いついた第三者の静止が乗っかっていた。
「おいお前ら、おい」
周囲を見渡せば、いつの間にやら鼠が逃げる穴も無く取り囲まれている。
曰く“係りの者”は詰め寄り、言動も荒く服従を促していた。
「アナウンスの通りゲームは終了したぞ、武器を捨てて広間に向かえ」
「何だお前ら…随分偉そうだな」
「此処では我々に従ってもらう、黙って広間に」
「黙って広間に向かえ、後ろを向いて銃殺を待てってか?」
掴みかかりそうな戸和を下がらせ、悠長に神崎が遮った。
係の男は眉間に皺を寄せたゆえ、図星を突かれたようだ。
「ゲームが頓挫して観客がお怒りだな、それでこれから広間でスナッフ撮影と」
「…事情は何も知らなくていい、黙って広間に行け」
「ほーん?俺を殺したら後悔するぞ」
さて、神崎はサングラスを掛けていた。
それを係の目前で取っ払い、彼を彼たらしめるアイスグレーの瞳を晒す。
「!!貴様…その面、その目…!」
「やっと気づいたか木偶の坊。CEOに言ってこい、愛してやまないバートの息子が来てやったってな」
確かにこの場で切れる唯一のカードだったが。
どちらにせよ身の保証はない上、諸刃の剣になりかねない。
不安を如実に出した萱島が雇用主を仰ぐ。
ざわめき出す背後を他所に、当人はいつもの平静さで突っ立っていた。
「どういう魂胆だ…その話が本当なら君は客人ということになるが」
TPが血眼になって捜していた神崎遥が来た。
係は得物の先も引っ込め、大層怪訝な様相で目を眇める。
「しかし飛んで火にいる何とやら、自ら捕まりに来るとは恐れ入るぞ」
「それがだレジスタンス、矢張り経営者としてお前らの話に興味が出てきてな」
先から背後へ萱島を庇っていた。
戸和が弾かれたように首を上げ、身内も理解しがたい男を睨む。
「一連の計画に協力してやるよ。何、死体より生きて喋った方が、余程働いてやるだろうが」
虚を突かれた係の男。混乱する場。
これはこの場を乗り切る為の嘘なのか。
欠片も真意は読めぬながら、折れざるを得ないのは相手方だ。
「ふん…どちらにせよ、俺がこの場で処遇を決められる人間でない」
男が踵を返す。
その動きに連動するように、周囲の雑兵が通路を開く。
「招かれざる客ではあるが君たちを案内しよう、“海賊の入り江”へ」
絶対に雲行きは最悪だった。
然れど歪ながら、目的への道を得ていた。
他に選択肢もない、一行は背を向け歩き出した男へ続く。
視界に広がるスクウェアの中央には、俄かに割れた階段が更なる地下へと誘っていた。
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