127 / 248
chapter.4-33
つまり何だ。
寝屋川が捜し回る部下の遺体は、TPが顛末を知っている。
国連は寝屋川を脅威とみなし、軍事関係者を巻き込んだ報復を恐れている。
そして寝屋川はいつ事切れるかも分からぬ身で、自己の危険など顧みない。
「――貴方の会社に隠居していましたが、彼は海軍十字章を…否、本当は最高位の名誉勲章を貰う予定だった比類なき英雄です。おまけに最近までPMCと絡んでいた始末」
東西冷戦終結以降、急拡大するPMC(民間軍事会社)には多数の元特殊部隊員が居る。
戦力としては申し分なく、元より国に縛られない彼らが第三勢力となっては不味い。
「国連の試算では、寝屋川庵の潜在コミュニティは一国家に相当します。一国家です、ご子息」
副官は化け物でも形容するように吐き捨てたが。
(そんな事は知っている)
2004年春、JTFよりMEFへファルージャ攻撃命令が下り、寝屋川は激戦区へ投入された。
それから会社に引き入れようが、結局彼は戦場から戻ってこなかった。
今日も同様。
肌をじりじり焼く熱さだとか、IEDがそこら中に隠された道だとか、乾いた風だとか。
そういうもので、彼の世界は出来ている。
寝屋川庵は、いつも砂嵐の中に居る。
机上に幾つも並べてあった写真立てを片付け、埃の舞う自室へ咳き込み。
物の無くなった空間を見渡し、当人はじっと長針の音へ聞き入る。
やがて背後から足音が被さり、扉が開く。
珍しくノックも無く入室したウッドは、殺風景な部屋に勘付き動きを止めていた。
「あ…」
「どうしたウッド」
間もなく朝を終えるRICの地下執務室。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見て、上司は軽く吹き出していた。
「いえ、その…また遠出ですか?」
「ああ、付いて来るか」
作業で背を向けながらも、続いた言葉に答え淀む。
上司は、体調が良くない筈だ。
ウッドが彼の注射痕を訝しみ、粗探しをして見つけたのは、夢へ誘うドラッグでなく…要は生き永らえる為に必要な免疫抑制剤だったのだから。
「…肺の様子は如何ですか」
「何だ、心配するな」
砂漠地帯の環境など、呼吸器に良い筈がない。
当然のこととして、このまま追従して良いものかと逡巡する。
しかしどの道もう苦しむしか無いであろうこの先。終わらない悪夢。
ならばそうだ、今の下らない葛藤も、負のアソシエーション・ゲームも全部引っ包めて
「…約束したろ、これで最後だ!」
M4A1を肩に、清爽と笑う。
まるで此方を激励するかの様な表情を目に、ウッドは声もなく、ただ厳かに頭を振るのみだった。
next >> chapter.5
ともだちにシェアしよう!