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chapter.5-1 Welwitschia
「さようなら庵、とっておきの話を教えてあげる」
身柄を役人へ引き渡す手前、馴れ馴れしくファーストネームを呼んだカレンが囁いた。
少し胸襟を開いたような顔で。
相手の肩を引き寄せ、じっとエメラルド色の瞳で見詰める。
「――貴方の探し物は、きっと私の元上司が知ってるわ」
女はとんでもない落とし物をした。
何処か得意げな顔を、寝屋川は虚を突かれたように睨め付ける。
「何を言ってる?」
「さあね、ほんとは貴方の部下だって確証はないけど。昔TPが過激派の信用を得るために、海兵隊の拉致尋問に協力したらしいのよ」
解ける一言一言が砂糖菓子の如く甘く、展望の無かった寝屋川の中へ染み渡る。
それが虚言だったとして。
情報も掴めなかった身には、霧が晴れるように。
「…どうしてそんな事を教える?」
もう交渉はあの場で完了した筈だった。
当然訝しむ寝屋川を前に、手錠を掛けられるカレンが莞爾と笑む。
「まあ、いい女で居たかったからね」
嘘か誠かも分からない、それっぽっちの情報。
裏を取る余裕もなく、数時間後には荷物を纏めてPMCの個人機へと乗っていた。
『――体調が優れないとお聞きしましたよ、貴方の良妻が困って良く電話を』
重力が加わり、次第に傾く視界で街が遠ざかってゆく。
ヘッドセットへ流れる雑談を耳に、寝屋川は隣の部下を盗み見た。
「こんなゴツい妻は御免だ」
『うちの娘は毎日言いつけをよく守ります、帰ったら手を洗う、毎日カルシウムを補うサプリメントを飲む。大尉より余程きちんとして、私を困らせません』
「確かに俺はいつも怒られる。余所見が多いとかな」
パイロットのPMCは、過去に寝屋川と戦場を共にした陸軍兵士だ。
陸軍と言っても航空支援部隊として暗躍し、空軍より余程上手く機体を乗りこなしていた。
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