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Epilogue.1-7
やや遅れて合流した本郷に事の次第を話せば、返って来たのは「まあ良いんじゃない?」という彼らしからぬ誠いい加減な台詞だった。
取り急ぎ今回の件で大きな被害は避けられたものの、大団円だなんて楽観的な締めを吐ける元気もない。
一行は30度を超えた外気とUNFへ追い立てられ、生気の無いオーカーの街並みを後に車輛へと歩き出していた。
「庵は本当に病院に行ったのか?」
ブラックタロンへ別れを告げ、神崎と2人車内の冷房が効くのを待つ。
本郷が軽い世間話のつもりで振った話題は、想像通り白黒つかない返答で濁された。
「さあ、消えた」
「やっぱり」
「憑き物が落ちたしな、もう帰って来ないかもしらん」
ドアを開け、車内の温度を確認して乗り込もうとする。
神崎は不意に挙動を止め、迷った末に親友へ交替を要求していた。
「お前運転しろよ、道は前の車が分かってるから」
「あ?あー…別に、いいけど」
なにゆえ。視線が原因を捜し、布に隠れた左手へ吸い寄せられる。
そう言えば渦中の喧騒で忘れていたが、未だその患部を目にしていない。本郷の視線の意図へ勘付いたのか、相変わらず飄然とした男は徐に手袋を剥ぎ取った。
「格好良くない?これ」
言葉で聞くよりも、視覚と言うのは残酷に刺さるのだな。
何をしても揺らがず、いっそ不死身かもしれないと呆れていた友人の左手は、数日の間に妙に近未来的な義手へと変貌していた。
「…掲載雑誌が変わった?」
「少年誌だよなー、ロマンだわ…デザインは絶対御坂じゃないな」
「お前それ、幾らしたんだよ」
「俺が逆立ちしても返せないから言わないんだと」
ああ、そう。諸々言いたい文句が奥へ引っ込んでしまい、エアコンの風が喧しい運転席へ物言わず乗り込む。
あの世界権力は相変わらず身内の世話を焼きたがる、が、まあ良いそれは。何か妙にハイテクそうで格好良くてムカつくが、それも良い。取り敢えずこれから不自由ないのかとか、先の話も様々積もるし、取り敢えず
「ざまあみろ!!」
急に振り切れた声で本郷が悪態づく。
一寸呆気に取られたものの、詰られた相手は相応に冷めて眉間に皺を刻んでいた。
「日頃の行いだ!自身の余罪も省みて苦しめ!」
「何だてめえ…人の窮地に…お前こそざまあみろ、鈍器で殴るぞ、死ね!」
「お前が死ね!」
前の車輛を追う事も忘れ、漸く冷房の利き始めた箱の中で掴み合いが始まる。
後続からクラクションが鳴り、狭い住宅街の道路が渋滞を起こした。
「良いからお前早く車出せよ!暑いんだよこの国!」
「あ?ああ…ちょっと待て、電話がきた」
車を一先ず路肩へずらし、後続へ道を開けてから応答する。
この借りものの携帯電話の着信元は決まっているのだが、このタイミングで何の用だと本郷は訝しんで片眉を上げた。
「何だよ報告なら帰ってから…――パトリシア?ああ、多分一緒に帰るけど…あ、そうだお前さ、庵が何処に行ったか教えろよ、どうせ監視付けてんだろ」
照り始めた陽射しに辟易しながら、神崎がダッシュボードに突っ込まれていた観光マップを開く。
空はやたらと晴れているし、何だか本当に観光にでも来たような気楽さだった。
「義世、そいつに治療費は返すって言っとけ」
「聞こえた?…ああ、そう…じゃない?知らんけど。そういやCEOの執務室に明らかヤバい物があったぞ、炭疽菌の軍事転用がどうのこうの…テープは持って帰って来たが、正直あの部屋をUNFに漁られるのは…」
電話口でトピック事項だけ伝えた矢先、背後で響いた爆発音に振り向く。
目を凝らした先ではTP本社が一室から煙を上げ、ぱらぱらと細かい瓦礫を宙へと吐き出していた。
「…対処済みだったか。や…大丈夫だ、もう帰る。うんざりだこんな国は」
隣では神崎が観光マップから顔を上げ、爆発に慌てふためくUNFを働き蟻でも観察するみたく眺めている。
どさくさに紛れてバンが一つ裏口から出て行った様な気もするが、当人は何も知らんとばかりに寝る体勢に入ってマップで顔を覆ってしまった。
漸く電話を終えた。本郷も運転に戻り、ハンドルを切って道路に並んだUNFの車列を潜り始める。
週1の休みもない、あんな会社が恋しくなるとは思わなかった。
本部に着いたら降り積もった仕事は端に除けて、天井へ吊るす「Welcome to Patricia」なんて断幕を作るのもアリではないだろうか。
-Epilogue- The END.
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