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第2話

 人を騙すくらいなら騙される方が幸せだ。そんなことはない、詭弁だ。草間は騙されて全てを失った。仕事、家、そして友人までも。良かれと思ってやったことは全て裏目にでた。信じる方が馬鹿だったのだ。  「なにも会社まで辞めなくても」  「いえ、もうこれで最後にさせてください」  「草間さんいい人だから、きっとこの先いいことありますよ」  友達を正しく選ぶことさえ出来なかった情けなさに、何を言われても心に響かない。  「お元気で」  世を捨てるのではなく、世の中に見捨てられたのだ。結婚相手にはとうに見限られた。兄弟も子供もいない、親は既に鬼籍に入っている。この先生きていく意味さえ失った。  「思っていたより古いな」  母方の曾祖母が住んでいた家が唯一残ったものだった。過疎化が進み忘れさられて山郷に残る廃墟だ。雨風がしのげればそれでいいとそこへ越した。自殺するほどの勇気もない、かといってやり直すだけの意味も持たない人生。全てを諦めた草間にとってこの場所は終の棲家となるだろう。  野菜を育て、鶏を飼い湧き水を使う、朝日と共に起床し太陽が沈むと眠りにつく。花に語りかけ、木々の歌を聴く。ようやく生活のリズムがつかめたのは移り住んで二カ月ほど過ぎたころだった。  「この辺りを歩いてみるか」  樹齢百年は超えるであろう古木が草間の話し相手だ。枝が風も無いのに揺れた気がした。けもの道をたどり山の中腹へと向かう、さわさわと草が足元をくすぐる。  「なんだここ?」  倒れてしまった石垣、壊れそうな鳥居。小さな神社が山の中腹にあった。  「神さんでも忘れられる世の中か」  小さな(やしろ)の扉は風雨にさらされ朽ちて今にも壊れ落ちそうだった。その扉をぐいと開く、天井には見事な白竜の絵があった。  「水神様か、可愛そうに」  その社の中に風で運ばれていた落ち葉か枯れ枝を外に出す。軽く社に手を合わせる。  「見捨てられた俺と、見捨てられた神さんか。これも何かの縁だ。また来るよ」  翌日から草間の日常に新たな仕事が加わった。雨の降らない日は毎日通い、誰も来ることのない神社の社を修理し、参道を掃いた。日々命を吹き返していくその神社は何もなかった草間の人生に意味を持たせてくれたのだ。

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