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【番外編】プロポーズの日
6月の第一土曜日はプロポーズの日です。
☆☆☆☆☆
午前中の試合が終わって、クールダウンもそこそこに連れてこられたのは、こっちに住むようになってから行きつけになった小さなレストラン。ここは肉も野菜もかなりなボリュームで出してくれるので、俺達みたいな体育会系にはぴったりの店だ。
いつものハンバーグにサラダ、そしてフレッシュグレープフルーツのジュース。創のハンバーグにだって引けを取らないので、来るたびに食べるものの一つだった。今日はそれにプラスしてマカロニチーズも頼んでみた。
レストランといっても小さなカフェみたいなとこで、夜にはバーになり、地元のNBAファンが集まる店として有名で、シーズン中なんかに来たもんなら店中の客からかなりの叱咤激励を受ける。今日も例外なくマスターの喝が飛んできた。まあ、主にアイツになんだけど。
「今日の試合はなんだ!カッコつけすぎだろうが!いつも通りにやれ!」
「あー、sorry…ちょっと今日はそれどころじゃなくて」
「試合以上に大事な物があるか!!!!」
カウンターの向こうからカミナリが落ちた。実はこのマスターは俺達の大先輩で、しかもポジションもこいつと同じだったもんだから、ファンよりももっとこいつに期待してるんだろう。
でも、確かに今日のこいつはいつもと違った。どこか上の空っていうか、試合中もベンチにいる俺の事をすっげー見てきたし。
なんだ、俺こいつに何かしたっけ…?もしかして体調悪いとか?まさかどっか痛めた…?
「ファイナルより大事なもんって、何だよ?」
「……あ〜…それは、その、あー……」
「なんだ、言ってみろ。場合によっては今後お前のドリンクはケールスムージーオンリーだぞ」
マスターにまで詰め寄られて、一つ小さくため息をついたあと、今度は大きく息を吸い込む。
スポーツバッグから小さな紙袋を取り出して、更にその中から青い箱を出した。手のひらの上に乗っているそれは、まるでドラマにでも登場するような形のもので。
隣り合って座っていたカウンター席から立ち上がると、座っていたその椅子をずらし、あろうことか俺の足元に跪く。あ、これ、ほらアレだよ、この青い箱とこのポーズってさ、よくドラマであるやつじゃん………
「…ダイスケ」
「フォえっ!!!!」
「……オレと、結婚してくれないか?」
「んなっ!!!!!!!!」
「受け取って、ほしい…」
差し出された小箱はぱっくりと開いていて、ベージュ色の布地の上には銀色に輝く輪っかが乗っていた。それが何か分からないほどバカじゃないし、どうして箱が小刻みに震えてるのかだって理解してる。
ああ、違う。震えてんのは俺の手だ。
えーっと、こういう時どうすりゃいいんだ?前に見たドラマだったら何やってた! ?
ぉおっ、落ち着け俺!!!!とりあえず深呼吸!!!!
「おい、ダイスケ」
「はっ、はいっ!!!!」
「こいつは、この瞬間の為にファイナルだってのにあのプレイだったのか?」
「えっ、と…あの、あー、そうっぽいっスね」
一部始終見ていたマスターが、半ば呆れたようにマカロニチーズをテーブルに出してくれた。アツアツが美味いんだけど、残念ながら俺は猫舌なんだ。だから、冷めるまでは手を付けられない。
いつもならすぐに取り分けて、先に食わせてやるのに。悪いな、今はちょっと頭も体もうまく動かない。
つーかっ!こんなとこでこんな大事なイベントってありえねえだろ!バカかこいつは?いや知ってるわ、バカだった。
あーくそ、なんかだんだんムカついてきた…!
「ダイスケ…?」
「……ふっっざけんなこのバカが!」
「Ouch!」
脳天を叩き割る勢いでチョップをかますと、金色の髪が揺れる。俺の好きなこの髪が試合中に揺れるたび、俺の心も宙を飛んでいた。
綺麗なパスコース、弾丸のようでいてしなやかなドリブル、軽やかに空中から叩き付けるダンク…その全てはファンの目を惹きつけ、同時に俺の心も縛り付けていく。
それなのに、こいつはこれ以上にまだ俺を雁字搦めにする気なのか。
ああもう、バカだほんと。こいつも、俺も。
「…ファイナルの」
「え…?」
「記念写真に残せよ、これ…」
金色の髪を撫でてから、きょとんとした顔の前に左手を差し出す。漸く理解したのか、ゆっくりとそれを取られて、銀色のリングが通された。
まるでどっかの国の王子みたいに、恭しくそこに唇が触れる。キザっぽいけど、こいつがやると様になるとか思ってしまう俺はやっぱりバカなんだな。
「良かったなあジャスティン!」
「ダイスケ、おめでとう!」
フロアから盛大な拍手が聞こえてきて、そこではっと我に返る。見ればいつの間にかほぼ満席に近い客がいて、一部始終を見られていた。
うわっ、めっちゃ恥ずいじゃんかよ!!!!
そんな俺を知ってか知らずか、グッと引き寄せられた。
あ、と思った時にはもう遅く、歓声とシャッター音が響く中でキスされていて。すぐに鳩尾に一発入れたのは言うまでもない。
「ゔっ……!」
「調子乗んなボケ」
「Oh…sorry」
「ダイスケ、もう食べれる頃だぞ」
「ん?ほんとだ、サンキューマスター」
咳き込むジャスティンを横目に、何事も無かったかのように座り直す。いい具合に冷めたマカロニチーズを皿に取り分けて、隣のテーブルに置いてやった。
いつもと代わり映えしない味を堪能していると、ファンに弄られていたジャスティンがやっと席に着く。一気にドリンクを飲み干して、長い長い息を吐いた。
「はあ…………日本に帰るって言われたら、どうしようかと思った」
バカだ、そんな事有り得ないのに。
「そんな事であんなプレイ内容とか、次やったらマジ殺す」
「入店拒否するからな」
「OK、気を付ける」
苦笑いしながらもどこか嬉しそうなこいつは、そんな憎めないキャラをこのチームで確立している。地元のファンはもちろん、メディアを通じてNBAファンにも知れ渡り、たくさんのファンが増えた。
そんなこいつを支えてやりたいし、俺が専属で付いてる以上は不様なプレイはさせられない。心身ともにコントロール出来るのは俺だけなんだって、今あらためて実感した。
ああ、なんか気分がいいから、今夜はこいつの好きな肉じゃがでも作ってやってもいいかな。
「さっさと食って、買い物して帰るぞ」
マスターが「これはダイスケにお祝いだからな」と出してくれたチーズケーキとヨーグルトスムージーが、この先の人生で何度も登場するラッキーアイテムになったのはまた別の話で。
とりあえず目下の課題は、リーグ優勝した記念写真にこのリングを着けて映る事、かな。それまでは、こいつを手のひらの上でうま〜く転がしていこう。
帰ったら、まず母さんと双子に連絡して…あと正木か。また弄られるんだろうなぁとは思うけど、俺達にはそれが一番心地良い距離なんだ。
そんで、二人で撮った写真もいつか送ってやろう。
そんな事を考えながら、ヨーグルトスムージーを飲み干した。
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