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一
「白蛇 さま、今年も一年どうぞよろしくお願いいたします!」
───・・・。
「さあ、これで今年の祭も滞りなく済んだぞ!村に帰って宴会だー!」
───・・・・・。
ここ白那 神社は美しい杜 の中心にあり、村の守り神である白蛇 を祀っている。
今し方まで大勢の村人たちが五穀豊穣を願い、歌や舞を捧げていた。
穀物、御神酒、反物まで、様々な貢物が祭壇に並べられている。
だが、白蛇 さまもとい、燐 は不機嫌だった。
祭が楽しくなかった訳ではない。
寧ろとても楽しかった。
貢物に不満がある訳でもない。
こんなに貰って悪いな、と思っているくらいだ。
では何故、不機嫌なのか。
───皆、帰ってしまった・・・。
淋しいのだ。
───毎日来てくれればいいのに。
ここ白蛇 の杜 は村人たちにとって聖域なので、祭や定期的な清掃以外に足を踏み入れる事は禁じられていた。
誰も来ない杜 はとても静かで、たまにふらりとやって来る野良猫を必死に引き留めようとしたこともあった。
未だ、居付いてくれる者はいないのだが。
───あれだけ賑やかにした後では一層静かだな・・・。
空にはまあるい月がぷかりと浮いていた。
社 の屋根に上がり、それをぼおっと眺める。
すると、屋根の端に小さな気配を感じた。
「おお!猫か!よく来たな!」
屋根の端、控え目に佇んでいたのは初見の黒猫であった。
思わずテンションが上がる神さま。
小さな黒猫は、ゆっくりと歩み寄って来た。
「今晩は、白蛇 さま」
「なんだ言葉が使えるのか!お前、名は何と言う?」
訪れてくれただけでも嬉しいのに、話までできるとは。
「ありません、ただの猫です。ですが、九つ目の魂ですので、言葉が解ります」
猫は九つの魂を持っている。
この小さな猫は、その最後の魂を生きているらしい。
「そうか。猫よ、私は燐という。お前も気紛れに生きる者だろうが、暫 し傍に居てはくれぬか」
「燐さま、僕のような者でよければ、是非お傍においてください」
それから、黒猫は燐と共に白那神社で暮らし始めた。
燐は名を持たない彼に煌 と名付け、煌が外で見聞きした事を聞いたり、燐の知る世の理を教えたりして過ごした。
煌は撫でられるのが好きで、よく燐の膝に上がっては、喉をごろごろと鳴らす。
晴れた日は社 の屋根で日向ぼっこをし、雨の日は社 の中でうとうとしながら雨音を聴いた。
やがて、小さかった煌は大きく立派な黒猫に育ち、燐に頼み事をする。
「燐、お願いがあるのですが」
「うん?なんだ、私に出来る事なら叶えてやる」
「僕も燐のように、人型になりたいのです」
そう言って、行儀よく揃えた前足に視線を落とす煌。
燐は思わぬ申し出に驚いたが、煌がそう言うのなら、と考えた。
「それは可能だが・・・だがな煌、人型になるという事は、神通力を持ち、世の理から外れるという事だ」
「はい」
「此方 側に来てしまったら、もう現世 の者ではいられなくなるのだぞ?」
「はい」
煌の意思は固いようだ。
燐としては、煌が己と同じ時間 に身を置くのは嬉しい事だ。
今のままでは、いずれ煌の死を看取らなければならないのだから。
それでも・・・。
「家族や友に、会えなくなるんだ。私と、永劫を共にしなければ・・・」
「僕は燐と一緒にいたいです。燐と同じ様になって、誰よりも燐の近くにいたいんです。僕が欲しいのは・・・燐だけなんです!」
煌の凛とした金の瞳に見詰められ、神さまは不覚にも赤面した。
ぱさ、と髪を振り、雄猫から顔を隠す。
「ゎ、わかった、そ、そんな、そこまで言うのなら、ゎ私もその、覚悟が出来るというかだな、その・・・」
「燐・・・暫 しではなく、貴方と永劫を共にしたい」
この言葉に、頬が緩み瞳が潤むのを隠しきれなくなった白蛇 さまは、勢いに任せ黒猫へ神通力を授けたのだった。
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