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第1話

(あきら)は意味もなくただそこに立っている。 ずっと練っていた大事な計画のまずは最初の第一歩。 ここからだったら確実にあいつは俺のことを見つけてくれるはず──── 「予想通り! 郁人(いくと)の奴めっちゃ食いついてたぞ! 色々聞かれて困ったよ。どうすんだ? もうバラすの?」 興奮状態で待ち合わせのカフェに入ってきた輝樹(てるき)は晶にそう報告をした。晶は「まあ落ち着け」と輝樹に笑いかけながらコーヒーを啜る。頬にかかる髪を指先で耳にかけると、ポカンとした顔の輝樹が晶を見つめた。 「それにしても凄えな……めっちゃ美人。俺その姿の晶なら抱けるかも」 小声で冗談だか本気だかわからない事を言って輝樹は晶を困惑させた。 「冗談やめろ、気色悪い……」 「ごめん。でもその顔で怒られるとMっ気目覚めそうだからやめて……」 晶は不機嫌そうに軽く舌打ちをする。この目の前の男輝樹は、普段から愛嬌のある馬鹿だと思っていたけどこういう冗談は本気で腹が立つからやめてほしいと溜め息を吐いた。 女好きな輝樹が骨抜きになりそうになるのも頷けるくらい、今の晶は格別にいい女だ。そう、晶はセミロングのウィッグをかぶり、化粧を施し、カラーコンタクトや付けまつ毛まで装着している。何も知らない他の男も先程からチラチラとこちらを見る程のいい女…… 「それにしてもさ、晶がこんな悪戯考えるなんて意外すぎる。どうしちゃったの? そんなキャラじゃないじゃんお前。女装クソほど似合ってるけどさぁ」 比較的クールで、いつもバカをやる輝樹や郁人のストッパー役になるようなそんな男が、誰もが振り向くような美女に変身しているのだから、輝樹が驚くのも無理はない。 「別に……もうじきハロウィンだし、たまにはこういうのもいいだろ?」 やっている事とは裏腹にいかにも面倒くさそうにやる気無く晶は答える。輝樹はやっぱりポカンと晶の姿に見惚れながら、ウンウンと頷いた。 「で、どうすんの? 郁人にもうネタばらしすんの?」 「いや、だめだ……このまま付き合ってくれ。てかどうしようかな……あ、そうだ! 晶と友達だってことにしといてくんね? そうすりゃ郁人はお前じゃなくて俺に来るから。それならお前は面倒くさくねえだろ?」 晶は輝樹にそう提案をする。 「おう、そうさせてもらうわ。ボロ出そうで怖えもん。あ、俺も朱鳥(あすか)ちゃんと連絡先交換したってことにしていい? あいつ絶対悔しがると思うんだよね、ざまあってか! 自分で聞けって上から言ってやるんだ」 輝樹は心底楽しそうに笑い、体を揺らした。 「お前……郁人ハメるの楽しそうだな。そんなに嫌いか?」 「ん? 嫌いじゃねえよ。寧ろああいう欲に忠実で物事はっきりしてる奴は好きだ。ただいっつもあいつばっかりいい思いしてんのはムカつくだろ? こんくらいのちっちゃなイタズラくらい許してくれよ」 そう言って輝樹は飲みかけのコーヒーを啜る。郁人は例えるならガキ大将タイプ。でも欲に忠実で正直。良いことは良い、ダメなことはダメ、とてもはっきりしていてわかりやすい。裏表がないところがやっぱり人を惹きつけている魅力でもあって、それを僻む人間もいるものの圧倒的に人から好かれている。いつも一緒につるんでいる輝樹も晶も同様だった。 ちっちゃなイタズラ── 輝樹は単なるイタズラだと思っているけど、晶にとってはずっと温めて来た大事な計画。ストレートに気持ちを伝えたところで郁人には伝わらないし、下手をすれば友人関係も終わってしまう。それに面白おかしく吹聴される可能性も捨てきれない。どんなに郁人の人となりを知っていようが、郁人がそんなことをするような人間じゃないとわかっていようが、それでも可能性はゼロではないから、ここは慎重に向こうから手を出させないといけない。きっと郁人はハロウィンパーティーあたりを利用して「朱鳥」に近付こうとするだろう。それを自分も利用させてもらうだけ。 一か八か……でなんかじゃ終わらせない。 大丈夫。きっと上手くいく……そう、俺は郁人が恋い焦がれる「朱鳥」なんだ。 晶は震える手をギュッと握りしめた。

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