2 / 7

第2話

ずっと片想いをしてきた── 郁人は自他共に認めるモテ男だ。なんでこんな奴に惚れてしまったのか…… こんな、見るからに周りが放っておかないような男に、よりにもよって、どノンケであろうこの男に。 晶はこんなにも心を掻き乱されるとは夢にも思っていなかった。郁人と初めて会った時、凄くタイプだと思った。それと同時にその恋を諦めた。どこからどう見ても郁人の恋愛対象に自分が当てはまるとは思えなかったから。 「ごめんな……俺、他に好きなやつがいるから」 郁人は頻繁に告白をされる。好みの子なら要望通り付き合うし、付き合わなくてもいいから一度だけ抱かれたい……なんて言う女にも余程じゃなければ抱いてやったりもする。 連れてる女が見る度に違うのを見て恋愛関係は適当だと思いきや、ああ見えて律儀にちゃんと悩んで返事をしてるのを晶は知っていた。男にも何度か告白をされていた。それだって「男」だという理由ではなく「タイプじゃない」という理由で、なんと言ったら相手を傷付けないで断れるかを晶に相談したくらいだ。同性に告白をするということは、その相手は相当な覚悟を決め勇気を振り絞って言ったのだから誠意をもって返事をしなきゃいけないのに「タイプじゃない」なんて言っても大丈夫だろうか? と、見たこともない真剣な表情で晶に言う。そんな郁人を見て、もしかしたら自分にもチャンスがあるのかも? と晶は僅かな希望を持ってしまった。とりあえず返事に困ったら「他に好きな奴がいる」と言っておけば諦めがつくんじゃね? とアドバイスをしたら、それ以降郁人はそれを断りの常套句にしてやり過ごすようになっていった。 俺にもチャンスが── 郁人と一緒に過ごすうちにそういう気持ちが大きくなった。郁人は軽くてチャラチャラしている見かけによらず、情に厚くて真面目だった。一度だけ「好きな奴はいないのか?」と聞いたことがある。郁人は来るもの拒まず去る者を追わずだと笑ったけど、自分からは好きになったことはないからちょっとよくわからない……と呟いた。きっとそういう運命の子に巡り会えてないんだろうな……なんて柄にもなくロマンティックなことを言う郁人を輝樹は笑ったけど、晶はそれを笑えなかった。 どうしたら郁人は俺に夢中になってくれるだろうか…… 俺から言っても意味がない。考えに考え抜いた晶の策が「朱鳥」になるということだった。 「お前、どうした? その格好……」 初めて女装をした日、晶は古くからの友人一聖(いっせい)の家に行った。何も言わず突然訪れたものだから、ドアを開けるなり一聖は驚き目を瞬く。 「やっぱりすぐ俺だって分かる?」 早く中に入れと促され、靴を脱ぎながら少し落胆して晶は一聖にそう聞いた。 「いや、俺じゃなかったらわかんねえよ……別人。てか化粧も上手いな」 一聖は晶の頬を撫でながらそのままふわっと抱きしめ額にキスを落とす。「今日は女の子になりたい気分なのか?」とにやけながら顎を持ちキスをしようと顔を近づけるも、晶はくるっと体を捩り一聖から逃れた。 「もうこういう事はしねえ。俺……郁人のこと諦めるの、やめたから」 晶はきっぱり一聖にそう告げた。一聖とは友人と言いつつ、所謂セフレみたいな関係だった。頻繁ではなかったものの、寂しくなれば体を交える……そんな関係だった。 一聖は晶のことが好きだった。勿論お互いがゲイなんだとわかった時点で告白をした。でも晶は「好きな奴がいる」と断った。相手が郁人だとわかった途端、一聖はあんな奴やめておけ! と強く否定し、俺にしておけと晶に詰め寄る。晶自身も自分を思ってくれる男を好きになれば幸せだとわかっていても、一度火がついてしまった恋心は消すことができずどうしても一聖に応えることは出来なかった。 「俺……郁人に好きになってもらいたい。チャンスがあるなら、こんな手段でもやってみたいんだ……ごめん」 一聖は晶がやろうとしていることを何となく理解した。晶にしては冷静さを欠いているようにも見える。それでも真剣なんだとわかっていたから、一聖はこれ以上は何も言わなかった。でも俺だって晶の事が好きなのにな……とそう思いながら、自分はもう既に告白を断られているんだったと心の中で笑った。

ともだちにシェアしよう!