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午後18時から午前0時まで。

夕暮れの時間に近づくにつれ、仮装した常連さんたちが到着しはじめた。王都のパーティの方が豪勢なのではと尋ねると、こちらの隠れ家的なお宿でゆったりと愉しみたいのだと言われて俺はすごく嬉しくなった。食事と生演奏の音楽と上質なお酒。全てが手の空いている殺し屋たちの伝手で手に入れたのだと、彼らが知る機会はゼロに等しいのだけれど、俺たちの持てなしが一流だと客が満足しているのなら、即席としては有難い話で、副業の成功を素直に誇らしく感じた。 仮眠から叩き起こされてから、まずやらされたのは魔獣狩り。 早朝から周囲一体を刈り尽くしてやっと戻ったら、次は料理の下拵え。 もちろん自由人がほとんどなので逃げ出す殺し屋も多く、結局のところ完全に働いていたのは俺だけだったのではと、あとから気づいて愕然とした。パーティの形がなんとか様になったくらいで、お菓子をぶら下げたみんなが戻ってきて手伝ってくれたから良かったものの、間に合わなかったら、あとで長に連帯責任で怒られてたな。怖いものがないみんなでも長は怒らせたくないらしい。 「ねぇねぇ、かわいい?」 先のピンと立った灰色の耳をピクピク。上目遣いで見られて、バーカウンターの内側でグラスを磨いていた俺は無表情で頷く。彼は殺し屋の雛として引き取られた二人目の珍しい獣人の子供だ。 縛りがない状態でココに連れられてきたせいか、俺とは違いとても素直で幼いしぐさ。好奇心の赴くままに動き周るから、自然と周囲の笑みを誘っているのは目に入っていた。雄なのに全員揃いの黒とオレンジの膝丈のエプロンドレスを着ている小さくて、かわいい雛たち。その中でも獣人の雛が飛び抜けてかわいい。お世辞抜きで。俺はもう雛のような幼さがないので、あの仮装は無理だ。 それにしても。今年は見栄えがいい雛が多いので、テンの殺し屋の何人かは弟子を取るだろう。 「コロナぁ、こっちおいで。お菓子あげるよぉ」 艶々の唇に強請られるままにチョコレートをあげていると、筋肉隆々のデレデレ殺し屋が背後から雛を抱き上げ、腕にちょこんと座らせクッキーを食べさせる。雛のその幼い顔が年齢に不似合いな愉悦に綻ぶのを俺は、なんとも言えない気持ちで眺めた。これからはアジトでこんな甘ったるい光景がそこかしこで見られるようになるのか。自分が通った道を客観的に見せ付けられ、周囲にゲンナリさせるほどのお見苦しいモノを見せていたことに本当に申し訳なく思う。 「みんな楽しんでるな」 バーカウンターに顔の上半分を隠す仮面の男。音楽に合わせて身体を揺らす、真っ当な人たちとは別に俺の周りは酒飲みがひしめき。ソファ周りは可憐な雛を囲む殺し屋がひしめくので、仮面の彼だけがひとり浮いているように見えなくもない。 あれ?やっぱり仕事しているのは俺だけ?とか悶々していたところに、俺を縛る人が来たので、指がちょっと震えた。気づかれていないといいけど。でも絶対彼は見逃してはいないのだろうな。テンの長はそういう化け物だから。 「グロウ、どうして仮装していないんだ」 ちょろちょろ動き回り、最後のオーダーを渡すのを待ってから長が俺の首元のタイを指で弾いてきた。白シャツにアームバンドに黒のベスト。十分仮装で通じると思うけど?自前の三角耳をピクリと反応させ首を傾げると、 「あざとさの欠片もないって、おまえどうなってんの?あの雛のガキんちょ共、見習えよ。強かに俺たちの足元を観察しまくって、生き残ることに貪欲で計算高いぜ」 謎の言葉と共に口移しでハートの形をしたチョコレートで餌付け。ちろりと唇の上をなぞる舌の先。2ヶ月くらいそのお姿を見ることがなかったが、やはりその発言はまだまだ理解できないレベルだと再認識する。 「俺、おかしい?オリオン、どうしたらいい?」 悩みつつ訊く。どうしたら彼の理想に近い俺に近づけるのだろう。俺の全ては彼のためにあるというのに。どこかに不備があるなら直さなくてはいけない。 「泣きそうな顔して。かわいいなぁ。ホントどうしてくれようか」 水平になった耳をガジガジ齧って、長は指をパチンと鳴らす。その音は周りが立てる音に負けずに響いて、仮装したかわいい雛たちの周りを囲っていた殺し屋たちの注意を引き寄せる。 「長、お戻りで」 「うーん、ただいま。恋しいグロウに逢いに来た」 一気にカウンター前の人口密度が高まる。善良な人たちはダンスフロアに誘導され自然と二極化。雛たちも庇護下に入りたい殺し屋に引っ付くように恐る恐る近寄ってきて、不思議なほど気配が希薄な仮面の男の仮装姿を見上げる。夜闇のような深い色のケープの裏地は朱色。がっちりした長身の背中でクロスし、その存在を主張する皮鞘のふた振りの刀。 「ふむふむ、長の仮装は不死者の王ですか」 今年王都でも大人気の、歌劇に登場する不死者の王。 「お姫さまに失恋して雲隠れするんだったか?」 「ちょっと違う。ってか、おまえ、俺の横でぐうすか寝てただけだろ」 その時のことを思い出して嫌そうな顔をする殺し屋たち。 「隣国から嫁いできた12歳の幼い嫁が優しくて思いやりのある庭師にコロリと参って、駆け落ちするんだけど不死者の王が、どこまでも追いかけてくんだよな。むっちゃ王が諦め悪いんだぜ。そこが世のマダムに受けてんだよ。ふたりの恋を邪魔する悪役として、最高、最悪だって」 上から下まで、自分たちのボスを眺め回した殺し屋たちは完成度の高さに感心する。いつものように無駄に細部までこだわったらしい。 「実際に、史実にはそれに近い話がある。オカリーナ事変だ。庭師が実は敵国のスパイで嫁いできたばかりのウブな姫様にハニートラップを仕掛けたんだ」 仮面の奥の目を緩め、指を一本立て知識を披露する長は、やたらと歴史に詳しい。一通り喋ったら満足したのか機嫌よさそうである。雛たちは長と初対面だが、魅惑的な低音に全員うっとり聞き惚れつつも、強者を嗅ぎつけたのか抜け目なくも、はじめに挨拶しようと雛仲間で押し合いへし合いしている。 長はそれには無頓着に、いまだカウンターの内側にいた俺を広い艶々した天板越しに掬い上げ腕の中に閉じ込め、みんなの見ている前で口移しでチョコレートと食べさせた。 彼の好みらしいホロ苦い味。 「さてと。俺が来た理由はわかってるな?今日は一年で一番特別な日だ」 殺し屋たちが自分たちの特別を作る日。 誰が誰を弟子にするか、全員が一斉に主張する。もちろん一番人気は小さな獣人の雛。殺し屋たちが暑苦しいくらいに囲むのをそっと見る。あの子が来るまでは、あそこにいたのは俺だった。 みんなが雛を決めるのを、関係のない俺と長はじっと待つしかない。 手持ち無沙汰でそわそわしてしまう。 「寂しいのか?」 3つ目のチョコレートは俺の好みに合わせたミルク味。膝に抱き上げられたままの利点を生かして、ぺろぺろと口の中まで舐めとる。強請るように伸びた背中を大きな手で撫でられるのがうっとりするほど気持ちがいい。 「寂しくない」 こりこりと慣れた手に耳を揉まれて、尻尾を左右に揺らす。 「俺はもう雛じゃない、よ?」 合わさった唇がくすくす笑うのに、下腹部がきゅんと疼く。 「オリオン、俺は一人前の殺し屋」 「そうだ、雛じゃない。それなのに、かわいいままだから、みんなおまえが欲しいんだ」 もう欲しがられることもないと思うと、こっそり囁くと。そうだな、と言うあっさりした長の返事。なぜか、周りを意地悪そうに眺めていたが。 「今日はグロウがいい仕事をしてくれたから、たっぷりご褒美をあげようか」 カウンタースツールから立ち上がった長の腕に抱かれ、首筋に鼻をくっ付けていると全身がふにゃりとするのは、なぜなのだろう。 悶々とする俺に、周りの殺し屋たちがどういう視線を向けていたのかなんて、当然気づいてもいなくて。ハロウィンの騒ぎが終わった後、再び長がどこかに雲隠れしてからが大変になるのだと、呑気にも長の子種をたっぷり呑み込んだお腹を抱えてベッドに寝転がっていた俺は知らずにいたのだった。

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