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第29話 不協和音
僕は震えながら一歩、後ろに下がる。背中がトンと何かに当たり、振り向くと涼さんがいた。
涼さんは、そっと僕の肩に手を置いて、悠ちゃんに鋭い目を向ける。
「おい、悠希…何この女。邪魔なんだけど」
普段、僕に話してくれる口調からは想像もつかないほどの冷たい声を聞いて、ビクリと僕の肩が震える。そんな僕をなだめるように、涼さんが僕の髪に唇を寄せて、「大丈夫だよ」と囁いた。
「なによ、あんた…。あれ?あんたもすごくいい男ね。それにその子、めちゃくちゃ可愛いんですけどっ。え?男の子なのっ?うそっ、可愛いっ!ねぇ、お姉さんと遊ばない?」
いきなり僕に手を伸ばした女の人の腕を、悠ちゃんが掴む。
「おい、俺と遊ぶんだろ?そんな奴ほっとけよ。ほら、行くぞ」
「え、やぁん、待ってよ〜。ねぇ、どこに行く?」
悠ちゃんの肩に顔をつけて、女の人が甘えるように話す。悠ちゃんも、まるで見せつけるかのように女の人の肩を抱いて引き寄せ、僕を見た。
悠ちゃんと目が合い、僕の心臓がギュウッと絞られたように苦しくなる。
悠ちゃんが女の人によくモテて、よく遊びに行っていたのは知っていた。話には聞いて、知っていた。でも、実際に目にしたことはなかった。だから、心のどこかでは単なる噂で、違うんじゃないかと思っていた。信じたくなかった。
なのに、今、現実に女の人といる悠ちゃんを目にして、やっぱり本当のことだったんだと知る。
僕の足元が崩れて、奈落の底へ落ちて行く気がした。
僕は身体を翻すと、涼さんの脇を通り抜けて走り出す。
「あっ!玲くんっ、待ってっ!悠希、おまえ最っ底…」
涼さんが僕を呼び止める声が聞こえる。
僕はもう何も聞きたくなくて、何も見たくなくて、悠ちゃんから離れたくて、ただひたすら走り続けた。
息が切れて倒れそうになるまで走って、ようやく走るのをやめた。
フラフラと歩いて目についた公園に入る。
設置してあるベンチに座り込み、ぼんやりと空を見上げた。さっきまで見えていた青空が今は灰色に変わり、ポツリと雫が落ちてくる。
ーー今日…雨の予報だったっけ…。
一つ二つと落ちて来る雫がだんだんと増え、雨足が強くなる。
僕は目を閉じて、雨粒を顔に受け止めた。今の僕には恵みの雨だ。僕の情けない顔を、流れ出る涙を、隠してくれる。
あっという間に僕はずぶ濡れになった。
ーーこのまま、僕自身が雨に流されて消えたらいいのに…。
そう思っていると、いきなり温かい腕が僕を包んだ。僕の耳のそばで、「風邪引くよ…。俺と一緒に帰ろう」と、優しい声がする。
よく知る優しいその声に、僕は小さく頷いて、助けを求めるように彼の腕にしがみついた。
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