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第30話 不協和音

ずぶ濡れになった僕は、涼さんの家に連れて来られた。家に上がるのを躊躇って玄関で立ち尽くしていると、同じくずぶ濡れになった涼さんが僕の背中を押す。 「ほら、気にしなくていいから早く上がって。すぐにお風呂を沸かすけど、沸くまでの間はあったかいシャワーを浴びてて」 そう言いながら洗面所からタオルを取って来て、僕の髪の毛を拭いていく。 「涼さん…、僕はいいから、先に入って下さい。風邪引いちゃう…」 「俺は頑丈に出来てるから大丈夫。玲くんはさ、病み上がりなんだから気をつけないと。ほら、早く入ってきて」 涼さんが強引に僕を洗面所に押し込む。そして「ちゃんとあったまるんだよ」と言って、ドアを閉めてしまった。 僕は小さく息を吐いて、のろのろと服を脱ぐ。濡れて貼りついた服を剥ぎ、床が濡れないように洗面台に置いて風呂場に入った。 シャワーのコックをひねると、熱めのお湯が頭にかかる。僕の冷え切った身体が、じんわりと温まってくる。でも、心は冷えたままだ。 悠ちゃんのあんな姿は見たくなかった。今まで耐えてこれたのは、実際に見ていなかったからだ。目にしてしまった今、僕はもう、耐えることが出来ないだろう。悠ちゃんに詰め寄って、女の人に触れないで、僕だけを見てと、きっと我が儘を言ってしまう。 ーー僕は、どうすればいいの? 胸が張り裂けそうに痛い。呼吸をするのも苦しいほど辛いと思っていたら、実際に息が苦しくなってきた。 僕はその場にうずくまり、はっはっ、と短い息を吐いて空気を取り入れようとする。だけど、どんどん手足の先が痺れてきて倒れそうになる。そんな状況に、僕は悠ちゃんがいないと息も出来なくなるんだ…、と妙に納得した。 耳鳴りもし出して、ここで倒れてしまうと涼さんに益々迷惑をかけてしまう…と申し訳なく思っていたら、風呂場のドアの外から涼さんが声をかけてきた。 「玲くん、着替え置いておくよ。ちゃんと温まってる?」 心配させないように、何とか返事をしようとするけど声が出ない。じゃあ返事の代わりにドアを叩こうとするけど、震える手に力が入らない。 僕の様子を不審に思ったらしい涼さんが、焦った声を出した。 「玲くん?大丈夫?…ごめんっ、開けるよっ」 風呂場のドアを開けた涼さんが、僕に近寄りふわりと抱きしめた。落ち着かせるように、何度も背中を撫でる。 「大丈夫、大丈夫だよ。ほら、ゆっくり息を吐いて、吸って…。もう大丈夫…」 「はぁ…はぁ…、ご、ごめん…な、さ…」 「ん、喋らなくていいから、ゆっくり息をして…」 涼さんの背中を撫でる手の動きに合わせて、僕は懸命にひたすら呼吸を繰り返した。

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