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第10話
† † † †
和真が蓮達にSDカードを渡してから2日後の夜。
Blue Roseの幹部が集まるTrinityに、とある人物がたった一人で姿を現した。
その人物が人物なだけに、店にいたメンバーの警戒心が密かに跳ね上がる。
基本的に、各派閥のたまり場となっている場所を、他派閥の人間が訪れる事はまずない。たとえ協定を結んでいる派閥同士だとしても。
本拠地を訪れた事で、それがなんらかの問題を引き起こしてしまう可能性がある事を否めないからだ。
派閥として存在している以上、どこにでも危険は転がっていて、どれもが引き金となってしまう可能性がある。
余程の馬鹿か余程の度胸を持っていなければ、相手の本拠地を訪れる事はない。
そして、Trinity内にいるBlue Roseの幹部達は、今ここにいる人物は絶対に後者『余程の度胸を持っている人物』だと判断した。
何故ならば、ドアを開けて堂々と姿を現したのは、Moonlessの№3である孝正 と呼ばれる少年だったからだ。
Blue Roseの№持ちではない幹部が、その顔に僅かながらの緊張を漂わせる。
そんな中、奥のソファに寝転がって、寝ているのか起きているのかわからない姿をさらしていた人物だけが大きな反応を示した。
ムクリと体を起こして孝正を見た瞳に、好奇心という名の色を浮かべてニヤリと笑う。
「よう、久し振りだな孝正。生きてたみたいで何よりじゃねぇか」
「宗司!てめぇ不吉な事言うなよっ。生きてるに決まってんだろ!」
「ブッ…ハハハハ!」
同じNo.3という立場を預かる立場同士、好敵手のような感覚があるのだろう。ソファに座ったままからかいの言葉を掛けた宗司に、孝正がシャーっと毛を逆立てるような様子で噛みつく。
先程の緊張感など消えてしまったかのような騒ぎっぷりに呆れたのか、もしくは気にもかけていないのか、壁際にいたひとつの影が静かに動いた。
宗司の横、柱によって影となっていた部分の壁際に立ったまま寄り掛かっていた人物が、音を立てずに身を起こし、そして足音ひとつ立てずに孝正の前に歩み寄る。
「…例の返事の件か?」
孝正は、突然目の前に立った長身の少年を警戒するように見上げるも、それが、かの有名な『ゼロの狂犬』と呼ばれる人物だと気が付くと、返事をする事も忘れて途端に目を大きく見開いた。
「………」
「………」
2人の間に沈黙が落ちる。
そして数秒後、孝正の放った一言で、緊迫していたはずの場の空気が一気に崩れた。
「お前……普段はメッチャ品のいい兄ちゃんなんだな…」
「………」
品のいい兄ちゃんと呼ばれた本人である京平は、僅かに眉を寄せただけだが、宗司やカウンターのスツールに座っていた幹部の一人である高志などは、腹を抱えて爆笑している。
「ひ…品のいい兄ちゃんっ…!」
「アハハハ!…よ…良かったな京平!褒められたぞ!」
仲間のこの様子に、さすがの京平もムッとしたように二人を睨んだ。
そんな中、笑いの原因となった当の本人である孝正だけは、周りの空気を全く気にする様子もなくさっさと話を元に戻した。マイペースにも程がある。
「今日は、この前の返事をしに来た。こっちの大将さん今いる?」
単なる“鈍”なのか、それとも生まれ持った“フリーダム”な性格から来るものなのかはわからないが、その呆れるほどの豪胆さで自分の進めたいように話を進める孝正に、京平の表情から剣が消え、代わりに呆れの色が浮かぶ。
まともに相手をする方が面倒だ。とでも言いたげな顔。
疲れたように一度短く溜息を吐くと、ボソッと一言「ちょっと待て」と言い残し、スタッフオンリーのプレートが掛かる扉の奥へ姿を消した。
数分後、再度扉が開いて姿を現したのは、やはり京平一人。
孝正の口元が残念そうに歪む。
「…やっぱり俺ごときじゃ大将さんは出てこないか…、つまんねぇなー」
全身からやる気が抜け落ちてしまった緩い声。
落胆を隠そうともしないそのあまりにも素直過ぎる反応に、京平も珍しく戸惑った様子で孝正の目の前に立った。
「あんたの話を聞くのに、俺で不足はないはずだ」
「あぁ、まぁな…。狂犬の異名を持つゼロのNo.4。…幹部以外とは滅多に口もきかないって言われてるアンタと会話が出来ればそれはそれで稀少なんだけど…。…うん、ま、いっか」
そこでやっと立ち直ったのか、それまでの情けない様子から一転、孝正の顔つきがガラリと変わった。油断した瞬間、隠し持っていた爪で切り裂かれそうな張りつめた気配。
それを感じ取ったBlue Roseのメンバーから放たれる不穏な空気。
誰もが口を閉ざした事によって訪れる静寂。
それらの微妙な雰囲気を破ったのは、静寂を作りだした本人だった。
先ほどまでとはうって変わった、まるで機械が話しだしたかのように抑揚のない声が、それぞれの耳に届く。
「うちの大将からの伝言。今週末の土曜夜22時。場所は宮之内埠頭の第五倉庫。幹部会の開催だ」
「…了解した」
静かな声で京平が応を返すと、孝正の放つ空気がまた一変した。ヘラリと口元を緩め、ご機嫌な様子で瞳を笑みの形に細めている。
「って事で、俺の仕事はこれで完了。また土曜日に会おうぜ、ゼロ幹部の皆さん。じゃあな」
そう言いながら片手をヒラリと振ると、まるで友人宅をあとにするような気軽な足取りでTrinityを出て行ってしまった。
そのあまりの変わり身の早さに高志が呆気に取られている間、宗司と京平は何かを考えるようにお互い視線を交わし、眼差しを険しく尖らせた。
† † † †
深夜0時を過ぎた頃合。
高楼街の北区。その僻地にある寂れたクラブの奥のボックス席に、店の女を侍らせるでもない数人の男の姿があった。
見るからに堅気ではない男が2人と、見るからに少年と思わしき17~18歳の年恰好の者が2人。
琥珀色の液体が入ったロックグラスを持っている強面の男が、目の前に座る少年を見ながら楽しげに口元を歪めた。
「どうだ?アイツ等はどうしてる?そろそろ潰し合いが始まってもおかしくないだろ」
「はい。たぶんそろそろ動きだすと思います。…にしても、いくら不意打ちの奇襲だからって、あんな簡単にやれるとは思わなかったっすよ」
少年は斜に構えた笑いと共に手に持っていたグラスを景気良く一気に呷る。その中身がビールだったせいか、上唇に白い泡が付いたのはご愛敬だ。
だが、アルコールを摂取するその姿は様になっている。
「これ以上あそこの組に使える人間が入っても面倒臭ぇ事になるからな…。厄介な芽は早いとこ摘み取るに限る」
20代後半から30代前半くらいに見える強面の男は、そう呟くとロックグラスを傾けて琥珀色の液体を口に運んだ。鼻から抜ける芳醇な香りと酩酊感に、満足そうに目を細めている。
「そっちの組に引き抜こうとは思わないんすか?」
僅かに怪訝そうな眼差しでそう問うた少年は、空になったグラスをテーブルに置いた。
相手の組に引き抜かれれば厄介な人物。それなら逆に自分達が引き抜けばいいだろうに…。
少年のそんな考えが見通せたのか、強面の男は口元をニヤリと歪めた。
「あそこまで抜きんでてる奴は扱いが面倒なんだよ。それなら潰した方が邪魔にならない」
「…そういうもんなんすか…」
いまいちわかったようなわからないような曖昧な呟きをこぼした少年は、それでも大きな後ろ盾を得て傍若無人に暴れられる事が楽しいのか、抑えきれない笑いをその歪んだ口元に浮かべた。
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