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第18話
† † † †
宗司とその恋人?に遭遇した翌日。
深夜になってGrimoireに顔を出した羽純は、店内に探している人物がいない事に気づいて目を瞬かせた。
「…あら…、この時間に蓮がここにいないなんて珍しいわね」
視線を巡らせた先のカウンターには、No持ちではない幹部の一人である千影がカクテルらしき物を飲んでいる姿があるだけ。
「ちーかーげーちゃん。何飲んでるの?」
背後からその手元を覗き込むと、フワフワの茶髪と可愛らしいどんぐり眼の千影が、ロンググラスから唇を離して一言、
「ブラッド」
そう答えた。
本物の血であるはずはないが、物騒なこと極まりない。
声変りは済んでいるものの、160㎝前後の小柄な体格に見合った幼い声。それらと言葉の内容が見事に噛み合っていない。
羽純もそんな戯言を信じる気はないが、実際にグラスに満たされている液体が赤い事を見てとれば、なんとはなしに生臭く感じてしまうから不思議だ。
中学三年生という年齢にそぐわない腹黒さを持つこの少年。Moonlessの中でも異例の最年少幹部。
その隣のスツールに浅く腰を下ろした羽純は、カウンターに片肘を着き、赤い液体を飲む千影を面白そうに見つめた。
「ヴァンパイア千影ちゃん。今日は蓮の姿を見た?」
頬杖を着きながら物憂げな笑みを浮かべて問う羽純に視線を向けた千影は、口端に付いた赤い液体を舌でペロリと舐めとり、暫し考えた後に小さく頷く。
「ということは、やっぱりさっきまでここにいたのね」
それなら入れ違いか…。
そんな事を思って納得した羽純に、今度は首を横に振る千影。それは明らかに否定の行動。
どういう事?と首を傾げた羽純を見た千影は、無表情なままその背後を指差し、
「今見てる」
端的に答えた。
「え?」
千影の指が差す方向、後ろを振り向くと、言葉通りに蓮がgrimoireに入ってきたところだった。
「…千影ちゃん…」
なんとなく疲れを感じ、深く項垂れてしまった羽純だった。
その後、また赤い飲み物に集中し始めた千影から離れた羽純は、いったいあの液体はなんだろう…と思いながらも、奥の部屋に消えていった蓮の後を追った。
「…蓮、ちょっといいかしら」
「あぁ、昨日の報告か」
「その通り」
後ろ手に扉を閉めて、ソファに座る蓮の元へ歩み寄る。
「売人発見したわよ、ホント最悪。絶対に締め上げてやる」
蓮の正面にある二人掛け用のソファに座った羽純の言葉は、そのオネェ口調のせいで本当に苛立っているのかどうかがわかり辛い。
だが、言葉の後に出た舌打ちからすると、どうやらかなり頭にきているらしい。
蓮の口元に薄く笑みが刻まれた。
「…東区にも売人がいるみたいだな」
「あら、もうその情報が入ったの?……って、ちょっと待て。…蓮、お前今までどこに行ってた?」
突然、羽純の口調が変わった。顔も真顔だ。
そんな羽純を見た蓮は口元に笑みを浮かべたまま一言。
「敵情視察」
挑戦的な声色でそう言い放った。
「…アンタねぇ…」
大将自らが現場視察なんて聞いた事もない。大方、ちょっとした気まぐれを起こしたんだろうけど…。
額を押さえた羽純は深々と嘆息した。
「…まぁいいわ。とにかく昨日の事を報告するから」
顔を上げた羽純に合わせて蓮がゆったりと足を組み、聞く態勢に入る。
「境界部分で宗司に会ったわよ。向こうも他の売人を追ってきてたみたいだけど…」
こまで言って、突然何かを思い出したように笑いだす羽純の様子に、蓮の目が怪訝そうに細められた。
そんな視線を向けられている事にも気づかない羽純は、恋人からのキスを頬に受けて呆然としていた宗司の顔を思い出してしまい、笑いが止まらなくなっている。
あの女癖の悪い宗司が、もしかしたらあの子には本気なのかしら…、と。
あんな顔をした宗司なんて初めて見た。
考えれば考えるほど、弱みを見つけたようで楽しくなってくる。
それでも、ようやく蓮の冷たい視線に気づいた羽純は、その笑いを止めて咳払いをすると、状況を説明する為に口を開いた。
「それがねぇ…、目立たないように売人を追いたかった気持ちはわかるけど、カモフラージュのつもりかしらね…、アイツ恋人とデート中だったのよ。恋人さんは宗司の考えを知ってて一緒にいたのかどうかわからないけど、私たちが声をかけたら自分は邪魔だとでも思ったのか、宗司に挨拶して帰っちゃった。…あれは悪いことしたわね」
「………」
蓮の瞳に呆れの色が浮かんだ。宗司のゴシップなどどうでもいい、と、そう言いたいのだろう。
だが、やはりBlue Roseが動いた。これは間違いなく獲物の狩り合いになる。
蓮の口角がほんのわずかに引きあがった。
その微かな変化に羽純が気がつき、疲れたように溜息を吐きだす。
一見わかり辛いが、蓮がこの状況を楽しんでいる事は間違いない。この後に言う言葉はだいたい予測がつく。だからこその溜息。
「本格的にゼロと闘 る事を頭に入れておけ」
「………」
…やっぱりね…。
予測が当たった…と、羽純は長く赤い髪をグシャッとかき上げた。
ゼロと闘りあうのは問題無い。問題無いどころか、血が騒いでしょうがないくらいに高揚する。もしこの場に自分一人であれば舌舐めずりしているくらいだ。
できる事なら、『ゼロの至宝』をこの手で探し出し、自分の足もとに屈伏させてみたい。
そんな黒い欲望さえ湧き起こる。
だがそうなると、幹部達は下の統制も考えつつ本格的にMoonless全体を動かさなくてはならない。それは、ある意味とてつもなく面倒臭い事だ。
…孝正に全て押し付けちゃおうかしら…。
羽純の脳裏にそんな考えが浮かんだ時、当の本人である孝正は、電車の中で二度程くしゃみをしていた。
† † † †
「…あぁ、わかった」
歩きながら携帯の話し相手そう一言返した少年は、通話を終えると携帯をジーンズの尻ポケットに戻した。そして、隣でつまらなそうに煙草をふかしている相棒に視線を向ける。
「どうやら、アイツらに俺達の行動がバレたらしいぜ?」
「…フッ…、慌てる姿を想像しただけで笑える」
そして二人でクツクツと喉を鳴らして笑い始めた。
深夜。北区にある小さなクラブに向かう路地の途中。
携帯で話をしていたのは、肩にはつかないまでも長さのある癖の無い茶髪のチャラい男。年齢は17~8歳くらい。
その隣で煙草をふかしているのは、金髪のソフトモヒカンヘアが印象的な、目付きの悪い男。
こちらもまた17~8歳くらいだ。
平均男子よりも若干高そうな背丈は、二人とも似たり寄ったり。
だるそうに歩く姿は、今時の若者といったところか。
「俺らを甘くみてるからそうなるんだよ」
「そろそろアイツらの時代は終わり~。次は俺達Vercheの時代だ。…掟なんかクソくらえだぜ、お前もそう思うだろ?臣 」
臣と呼ばれた金髪のソフトモヒカン少年は、口元に薄く笑みを刻んで紫煙を吐き出した。
臣原 。Vercheの2トップの一人。中卒の現在17歳。
そして茶髪のチャラい少年、中埜 。
こちらはあまり素行の良くない生徒が通う男子高の三年生。Vercheのもう一人のトップである。
「新崎 さんは当分大人しくしてろって言ってたけど、それじゃあ俺らの腹のムシがおさまらねぇ」
「血の気が多いねぇ、中埜は」
つい先日。二大派閥同士で抗争を起こさせようとして失敗し、某組の幹部である新崎に呆れられた。あの時の屈辱は、まだ中埜の胸の内に燻っている。
掟だのなんだの…。この時代にそんな堅っ苦しいものはいらねぇんだよ。
バカバカし過ぎてヘドが出る。
また込み上げてくる苛立たしさに、茶色い前髪をグシャッとかき上げた。
「…でもまぁ、やるなら今だろ。ドラッグの締めだしに気を取られてる間に横から潰せばいいだけの話だ」
一つ年下の臣原にそう言われた中埜は、その言葉にほんの少しだけ溜飲を下げる。
「そうだな…。大人しくしとけとは言われたけど、アイツらを潰しても新崎さんにとって悪い事はねぇし、問題ないだろ」
そう言ってニヤリと笑った中埜を無表情に見やった臣原は、フィルター部分にまで差しかかった煙草に気が付き、「チッ」っと短く舌打ちをして地面に投げ捨てた。
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