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第47話
「…ぐ…ぁあ…ッ!」
「ッぅ…く…ッ」
肉を蹴りつける鈍い音と呻き声。そして地面に何かが倒れる音。それでも打撃音は止まない。
北区の公園内。
一部のVercheメンバーが反撃を食らって倒れているものの、まだ4分の3程は元気に暴れまわっている。
倒れているVercheメンバーより、気を失って隅に寄せられているBlue RoseメンバーとMoonlessメンバーの人数の方が圧倒的に多い。
それはそうだろう、2~3人対40人前後、という人数差で勝てる方がおかしいのだから。
「て…めぇ…ら…、覚え…とけ…よっ!!」
「おいおい、コイツまだ元気あるみたいだぜ?」
「大人しく倒れてりゃ見逃してやったものを」
「っぐ…は…ぁッ」
地面に這いつくばっていたBlue Roseメンバーの一人が、脇腹に強烈な蹴りを食らってのたうちまわった。そして静かになる。
「なんだ、もう少し根性あるかと思ったのに」
「つまんねぇなー」
「もう一発蹴ったら起きんじゃねぇ?」
たった今まで標的となっていたBlue Roseメンバー3人を見下ろして、ニヤニヤと下品に笑うVercheメンバー達。
言葉通り、つい先ほど気を失ったBlue Roseメンバーに向けて再度足を振り下ろそうとした、その時。
ドサッ
「っ?!」
足を振り上げていた人物の背に、何かが凄い勢いでぶつかった。おかげで体勢を崩し、ぶつかってきた“何か”と共に地面に転がってしまう。
「っんだよ!!」
地面に転がった人物はすぐに上半身を起こして悪態を吐くも、ぶつかってきた“何か”が仲間の一人だとわかるとギョッとしたように目を見開いた。
「…え…お前…何やって…」
何故か気を失っている相手の様子に動揺しながら、周囲にいる他の仲間を見渡す、が。
「………」
その場にいた全員が、表情を強張らせてある一点を見つめている事に気が付いて息を飲んだ。
それまでは無かったピリピリとしたヤバい空気が、辺りを満たしている。
…なんだ…?
恐る恐る視線を向けた先には、強烈な気配を放つ4人の人間が立っていた。
「…チッ…、幹部のお出ましかよ」
「これにて終了、ってか?」
少し離れた所で傍観していた中埜と臣原の言葉に、現れたその4人がBlue RoseかMoonlessのどちらかの幹部だとわかった。
伝わる気配が圧倒的に濃密。息をのむほどの圧迫感。
さっきまでの楽しい空気はきれいさっぱり霧散し、公園内に漂うのはただ緊迫感のみ。
Vercheメンバー達の中に、今まで感じたことの無い“恐れ”という感情が溢れだした。
全員が、どうするんだ…、とトップである中埜と臣原の動向を窺う。
その視線を受けた二人は、苛立たしそうに大きく舌打ちをした。
「ビビってんじゃねぇぞ!!四人だけならこっちが負けるわけないだろうが!!」
「全員でかかれ!!」
中埜と臣原の怒声に全員が我に返り、数秒後、四人に向かって一斉に走り出した。
「あ~ぁ。やっぱりなっちゃんの情報通り、おびき寄せての袋叩きやってたみたいだなぁ」
「宗司さん、後ろから那智さんが睨んでるのでその呼び方やめて下さい…」
「直哉、そんな堅い事言ってっと、早く爺さんになっちまうぜ?」
「…宗司さんよりも若いから大丈夫です…」
北区へ向かう途中、宗司と直哉に合流した那智と京平。
もう公園内に入ったというにも関わらず、目の前で繰り広げられる緊張感の無いやりとりに、やっぱり別行動にすれば良かった…とひたすら後悔の念が込み上げてきたのは言うまでもない。
それも先程、Blue Roseの一般メンバーが一撃をくらおうとしていたのを見て、近くにいたVercheメンバーを潰して思いっきり投げ飛ばしたのは何を隠そう宗司の仕業だ。
いくら小柄で軽そうな相手だったとはいえ馬鹿力過ぎるだろ…と驚いたあとの、この緩いやりとり。
「宗司さん、冗談言ってる間に奴らが来ます」
京平の言葉に、ようやく宗司と直哉のやりとりが止まった。
と同時に、Vercheの2トップである中埜と臣原の怒声が公園内に響き渡る。
「ビビってんじゃねぇぞ!!四人だけならこっちが負けるわけないだろうが!!」
「全員でかかれ!!」
2人の声に反応して一斉に向かってくるVercheメンバーを視界に入れた那智達は、さすがに表情を引き締めた。
一番前に宗司と直哉。少し離れてその後方に那智と京平。
宗司と直哉が鬼のように強いといっても、手が3本も4本もあるわけじゃなく…、40人前後の人数全てを相手に出来るはずがない。
必然的に半分は那智と京平の方へ流れてくる。
どうしても那智を闘わせたくない京平は、無理を承知で那智を背に庇いながらの応戦。
それに気づいた宗司がチラリと気掛かりな視線を向けるも、相手をしている人数が人数なだけに自分自身も手助けする程の余力がなく、舌打ちしながらも目の前の敵を倒していくしかない。
「京平、俺の事は気にするな!好きに動け!」
「那智さんには一つの傷も負わせません」
狂犬モードが発動した京平は、手加減が一切なくなる。容赦なく急所を狙う手足を止めることなく攻撃を放っている。
背後に庇われる形となっている那智は、京平の隙をかいくぐって来る数人を相手にするだけ。
それでも、Blue Rose幹部の名は伊達ではなく、徐々に徐々にVercheメンバーが地面に倒れ伏していく。
この状況に焦りを感じ始めたのは、中埜と臣原。
いくら強いと言っても、これだけの人数がいれば絶対に勝てる、そう思っていたのに…。
2人の顔が次第に引き攣りはじめた。
…まさかここまでとは…。このままだと確実に負ける。
顔を見合わせた二人は、その直後、視線を那智へと向けた。
京平は那智を庇いながら戦っているせいで、そんなに余裕はない。
宗司と直哉も、他に手を回せる程楽勝しているわけではない。
…今なら、Blue Roseの至宝、№2のアイツをヤれるチャンスだ。そして、アイツさえ潰せれば、自分達のメンツも保てる。
そう考えついてからの二人の行動は素早かった。
Blue Rose幹部に食らいついている仲間達を壁として那智と京平の死角をつき、背後から回り込む。それも左右に分かれての挟みこみ。
京平は、那智には絶対に触れさせないと一手にVercheメンバーを引き受けている為に、中埜と臣原の行動にまで気付いていない。
今だ!
那智の死角から、同時に拳と蹴りが放たれた。
咄嗟に2人に気が付いた那智が防御しようとするも、腐ってもVercheの2トップを張っている二人の攻撃だ、完全には防御しきれない。
「…くッ…!」
中埜の放ったローキックから急所を避けるために片足で受け流し、逆側から放たれた臣原の拳を片腕で防ぐ。
それでも左右から次々に襲い来る攻撃に、さすがの那智も舌打ちをしたい程の状態に陥り始めた。
…このままだとマズイな。
2対1だけならまだしも、気を抜けば他のVercheメンバーからも攻撃をくらってしまう。
こちらもそれなりに相手にダメージを与えてはいるが、まずは防御に力を注ぐ事を優先としている為に、急所狙いの攻撃が出来ない。いわゆる消耗戦になっている。
武闘派という名目は伊達ではなかったという事か。一般メンバーは寄せ集めでも、トップを張るこの2人の強さは本物。
早く片付ける方法は…。
ほんの少し、那智の意識が思考の波に埋もれた。その一瞬。
「死ねよ!!」
その声と共に、臣原の放ったストレートが那智の顔前に迫った。
自分の失態に心の内で悪態を吐きながらも防ぐのは無理だと判断した那智は、それなら…、と、一撃を食らうつもりで、それでもダメージを最小限に抑える為に全身にグッと力を入れた。
…が…。
バシッ!
「…なっ…!?」
那智の顔横を通って背後から伸ばされた誰かの手が、臣原の拳をしっかりと受け止めていた。
那智の背後を見て、驚愕に顔を強張らせている臣原。
そして
「…随分と舐めた真似をしてくれたな」
聞こえた低く掠れた声。
それは小さかったにも関わらず、その場にいた全員の鼓膜を震わせた。
背中に当たる誰かの体温。感じ馴れたそれを持っているのは、那智が知る中でただ一人。
「…神…」
Blue Roseの筆頭、神、その人だ。
那智が振り向いたと同時に横を擦り抜けて一歩前に出た神は、呆然としている臣原の拳を片手で掴んだまま腰を捻って片足を振り上げ、その足を思いっきり前方へ突き出した。
「…カハッ!!」
神の強烈な突き蹴りを鳩尾に食らって後方へ吹っ飛んだ臣原は、体をくの字に折り曲げて地面に這いつくばり、「ガハッ、ゲホッ!」と口元から涎を垂らしてもがき苦しみだす。
急所に入った蹴りのおかげで、呼吸が出来ない状態だ
もう一人の中埜は?と那智が神の背後を見ると、やはり臣原と同じく地面に伏している。これも神の攻撃によるものだろう。
そして気づけば、Blue Rose御大の登場によって、それまで騒がしかったはずの公園内が凍りつくような静寂に覆われていた。
「…さすが神、おいしい場面を持っていかれた…」
「この状況自体まったくおいしくないですからね!?」
少し離れた場所からそんな会話が聞こえる。
能天気な宗司と直哉のやりとりに、自然と那智の表情が緩んだ。
そして、Vercheの2トップをいともあっさり地面に沈めた神は、まるで何事もなかったように無表情のまま那智を振り返り、その冷たい手を頬に伸ばしてきた。
大丈夫か?とも言わないが、頬に触れた手が優しくスルリと撫でていったことから、那智の無事を確認して安堵している様子が伝わってくる。
お互いに何も言わず目線を交わし合い、数秒後には、そんな空気をいとも簡単に霧散させ、いまだ残っているVercheメンバーに向きなおった。
いつの間にか、宗司と直哉もすぐ近くに戻ってきている。
京平は睥睨するような冷徹な眼差しでVercheメンバーを見据えているが、それが相手には威嚇と感じるようで、誰ひとりとして動く事ができないでいる。
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