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第46話

『もしもし、今大丈夫ですか?』 「大丈夫だよ。何があった?」 『こちらの一般メンバーが数人姿を消しました』 「…そっちもか…」 携帯の通話口で呟くように言った那智の言葉は、向こう側に鮮明に伝わったらしい。 『もしかして、そちらも…ですか?』 少しだけ驚くような声が返ってきた。 「あぁ、何人か連絡がつかない。それも、状況が全て似通っている」 『…姿を消す寸前、Vercheメンバーの影、ですか?』 「その通り」 相手の言葉に、やはりそうか…、と那智は確信の溜息を吐きだした。 Moonless内部に潜り込ませている自分の腹心。彼の言葉から、Moonlessの方でも全く同じ事が起きているとわかった。 間違いない。Blue RoseもMoonlessも、確実にVercheの罠にハマっている。 「とにかく、Vercheの動きがわからなければ手が打てない。蓮の事だ、罠に掛けられた事はすぐに気がつくだろう。放っておけばいい」 『わかりました。ではまた何か進展があれば報告します』 「あぁ、気をつけて」 『有難うございます。それでは』 プツッと小さな音がして通話が終了した。 …さぁどう動くべきか…。 Trinity内。カウンターの前に座り、左手に持った携帯を眺めて今の状況を整理する那智。 “窮鼠猫を噛む”状態…、一番厄介だな。 無意識に眉を寄せて渋い表情を浮かべていると、奥のソファに座っていたはずの京平が足音ひとつ立てずに近寄って来た。 そして隣のスツールに浅く腰をかける。 何か言いたい事があるのかと、携帯を眺めたまま意識だけは隣へ向けたものの、数分たっても言葉を発さない京平の様子に、那智の方が根負けして視線を投げかけた。 「どうした?京平」 「今夜外に出る時は、俺が付きますから」 無表情…に見えるが、その声色に若干の“拗ね”が入っている事を見抜いた那智は、思わず笑ってしまった。 最近、まったくと言っていいほど一緒に行動が出来ていない事を、不満に思っていたのだろう。 切実さが垣間見える綺麗な瞳を向けられて、それでも「ダメだ」と言える人間がいるなら見てみたい。 自分には到底無理だ。 「わかった。Vercheの不穏な行動も気になるし、もう少ししたら一緒に出よう」 そう答えれば、京平の切れ長の双眸が優しく緩んだ。 その時。 ヴヴヴヴブ、ヴヴヴヴヴ 那智の手に握られていた携帯が震え、着信を告げた。 ディスプレイに表示されたのは、アドレスに登録されていない番号。それでも、見知らぬ番号ではなかった。 「はい」 『俺ー』 「詐欺なら他を当たって下さい」 『ま~たそんな意地悪な事言って~』 携帯の向こう側から聞こえたテンションゆるゆるの声に、脱力してしまいそうになる。 人のペースを乱して自分のペースに持ち込む事を得意とする相手に、溜息を吐き出した。 もちろんワザと聞こえるように。 『あ~あ、溜息吐いてるし。本当に失礼だよなぁ』 「…如月さん、用事が無いなら切りますよ?」 Give&takeをモットーとする情報屋如月の事だ、用も無く電話をしてくるなんて絶対にありえない。 それどころか、今まで電話がかかってきた事もなければ、こちらの携帯番号を教えた事もない。 それなのにかけてきたという事は、何かがあったのだろう。 が、このまま冗談に付き合っていたらいつまでたっても本筋に辿り着けない。 切る事を匂わせれば、案の定向こう側から少し慌てた(ように演技しているだろう)如月の声が流れてきた。 『ちょい待ち!…わかったよ、用件言うから』 そして続いて聞こえたその用件は、今夜のこの煮え切らない嫌な状況を打破できるリーサルウエポンとなる情報だった。 『この前お前さんが持ってきた情報、かなり良いやつだったからさ、ちょっとだけ返すわ。…Vercheの奴ら、なんか知らんが、数人を抜かした他の全メンバーが北区の公園に集まってるぜ?何か企んでんじゃないの?』 「…それは良い情報ですね。助かります」 『いやいや、うちは等価交換をモットーとしてるからねぇ、少しでも借りは作りたくないのよ。その借りが後に響くと嫌だからさ。って事で、これでもうお前に借りはないからな』 得意気にそう言った如月は、こちらの応答を聞くまでもなく、すぐに通話を切ってしまった。 ツーツーツー、という電子音が聞こえたと同時に、那智も耳から携帯を離す。 なんとも微妙な顔で手に持った携帯を眺めていると、隣から強烈な視線を感じて顔を上げた。 そこには、穴が開くかと思う程こちらを見つめている京平の姿があった。 たぶん、今の電話の内容が気になるのだろう。だが、自分が口を出す事ではないと己を律している。 それでも、目は口ほどに物を言う、と言われるだけあって、その瞳が“気になってしょうがない”という京平の心情を如実に表していた。 こう言ったら悪いけれど、でも言わずにはいられない。 …可愛過ぎるだろ…、と。 那智は自分の立場上、神以外のBlueRoseメンバーを、出来るだけ甘やかさないようにしている。 それなのにこの京平のひたむきさ加減には、ついグラッと甘やかしゲージの針が振れてしまいそうになる。 いつもはそんな気持ちをグッと押し込んで何も教えようとはしないが、今回に限っては皆に言わなくてはならない内容なだけに、躊躇うことなく教えてあげられる事にホッとする。 「Vercheの仕掛けた罠がわかった。他のメンバーにもすぐ通達を出、」 「神さんか那智さんいますかっ!!」 突然、階段上にある扉が勢いよく開いて和真が飛び込んできた。 那智の言葉を遮った和真に苛立ちを感じたらしく、京平がその双眸を細めて後ろを振り返る。 京平の不機嫌さが伝わったのか、階段を下りて店内に足を踏み入れた和真は、蛇に睨まれた蛙の如くピタリと身動きを止めてしまった。 漫画であれば、額からダラダラと汗を垂れ流しているだろう姿に、那智も苦笑を禁じえない。 「京平、和真を苛めるのは後にしてくれ」 京平を窘める那智の言葉に、和真は「やめろ、じゃなくて、後で…なんすね」といじけたようにブツブツ呟いている。 飛び込んできた時よりも確実に元気をなくしてしまった和真は、それでもトボトボと二人の前に歩みを進めた。 「どうした?」 那智がそう問うと、和真の顔にほんの少し力強さが戻った。自分がここに来た当初の目的を思い出したらしい。 「Vercheが何かを仕掛けてるっぽいんですよ。下の奴らがVercheメンバーの姿を見つけて追うと、必ずと言っていい程その後に行方をくらましてるみたいで…」 その言葉に、那智と京平は顔を見合わせた。 「…さっき那智さんが言おうとしたVercheの仕掛けた罠って、これですか」 「まさにこれ、だ。十中八九、行方のわからなくなった者は北区の公園におびき寄せられてる。そこにVercheメンバーが勢揃いしているらしい。…後はどうなるのか、言わずもがな」 相手が相手なだけに、無事でいるとは思っていない。それでも、できる限り最小限の怪我でいてほしい。そう願うだけ。 和真が、悔しさからか拳をギュッと握りしめたのが視界の端に映った。 「和真、全員に通達。Vercheを見つけても追うな、と」 「わかりました!すぐに連絡します!……でも…、Vercheはどうするんですか?このまま放っておくんですか?」 また子犬のような表情に戻る和真に、那智は安心しろと微笑んだ。そして、 「俺が行く」 そうハッキリと言いきった。 途端に和真がギョッと目を見開く。更には血の気が下がってしまったのか、顔色が青白く変化した。 「え?!那智さんが出ちゃうんすか?!それヤバいっすよ!そんなのがバレたら神さんに殺される」 「和真、まるで俺が弱いとでも言いたげだけど?」 「ちちち違いますって!那智さんが俺よりも強いのは知ってます!そうじゃなくて、那智さんを前線に送ったなんてなったら、危険とか危険じゃないとかいう以前に神さんが怒ります!」 必死に弁明する和真の様子にさすがに憐れみを覚えたのか、京平が溜息混じりに言葉を発した。 「那智さんには俺がついていくから安心しろ」 その一言に、和真の動揺がピタリとおさまった。心なしか安堵に肩を落としている様子。 「…京平さんが一緒なら大丈夫っすね…」 どういう意味だそれは…、と、内心不満だらけの那智がついつい和真を睨んでしまったのは仕方のないこと。

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