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第45話
† † † †
“Vercheが宗賀に見捨てられた”
そんな噂が、まことしやかにBlue RoseとMoonlessの間に流れ始めた。
この噂が意図的に流されたものだという事を知る人間は、果たしてどのくらいいるのか。
Vercheと宗賀の手が切れたのなら、また打つ手段は変わる。背後を気にせずにVercheを遠慮なく潰せるという事。
そしてこの噂をバラまいた張本人は、隣に直哉を連れて人通りの多い裏高楼街をtrinityへ向かって歩いていた。
「那智さん、なんか最近物凄く忙しそうだよね?」
「あぁ、うん…、事が移り変わるスパンが早過ぎてちょっと忙しかったかな。でも、とりあえずVercheが片付けば少しは落ち着くはずだよ」
「…少しだけ、なんだ…」
ハハハと苦笑いを浮かべる直哉に、那智は小さく笑いを零した。
基本的に直哉は優しい。
表世界で普通に生活している方が似合っているのに、何故こんな裏世界の派閥なんかに属したのかと何度も問い質したいくらいここにいる事が意外な人物だ。
チラリと視線を向けた先では、「誰も怪我しなきゃいいんだけど」なんてBlue Roseメンバーの事を心配している。
今のこの様子からは窺い知れないが、いつもは人の良さが前面に出ている直哉は、実際の戦いとなるとさすが幹部に入っただけあって物凄く強かった。
『敵であっても怪我をさせたくない。でも、それ以上に大切な人達がいる。相手に怪我をさせたくないって言う自分の考えを曲げてでも、それでも守りたいと思う仲間がいるから…』
まだ幹部に上がる前、そんな事を言っていた直哉の優しげな横顔を思い出した。
喧嘩上等の動きとは違うどこか型にはめられた闘い方に、好奇心を総動員させた宗司が疑問を投げかけた事がある。その時に、直哉は合気道の段持ちだったという事がわかった。
その腕の強さと謙虚さ、そして下の者を全力で守ろうとする優しさを買われて幹部入った直哉。
『アイツ普段はあんな気の良いウサギみたいな奴なのに、実戦になると実は物凄く強いんだよなぁ。あれだけ強いのに、なんであんなに謙虚なんだ?』
『宗司とは違うから』
『高志君それどういう意味?!』
以前、宗司と高志がそんな会話をしていた。
…本当に不思議な奴だ。
今も、那智に危害を加えるような輩がいないか周囲を警戒しながら横を歩く直哉。
その優しげな顔に癒しを感じながら、人波を縫うようにして足を速めた。
「どうやらVercheは結束力を失ってるみたいっすよ。…って言っても元々そんなもの無いに等しい派閥でしたけど」
那智、宗司、直哉がいるtrinityに和真が姿を見せた。その開口一番のセリフがそれだった。
奥のソファに深々と座っていた宗司は、相も変わらずいい加減な態度で口を開く。
「結束力を失ってるってどういうこった」
「最近見かけるアイツらは、2~3人の小さなまとまりでバラバラ動いてるんすよ。前みたいに5人くらいの動きじゃなくて、ちょろちょろ動いているんです。あれなら、特に策も無く追いかけて行って潰せます」
熱く語る和真は、その両手を力いっぱい握りしめていた。直哉はカウンター前のスツールに腰を掛けて、そんな和真の姿を微笑ましく見守っている。
ただ那智だけは、その表情を緩ませる事はしなかった。
状況から考えて、Vercheの結束力が失われる理由は山ほど思い当たる。まぁ普通なら統率力も失くしてバラバラに動き出してもおかしくはない。
…でも…。
直哉の隣に座っていた那智は、カウンターにその両肘を着いて手を組んだ。
なんとなく蛇のようなイメージを持たせるVerche。
そのイメージ通り、執念深いのではないだろうか…と思ってしまう。
そう簡単にVercheが離散して潰れていくとは思えない。最後の最後に何かをやらかしそうな…、そんな気がする。
そこまで考えた那智は、小さく溜息を吐いた。
隣にいた直哉だけが、そんな那智の様子に気がついて心配そうな視線を向けてくる。
それに対して薄らと笑みを向けた那智は、背後にいる和真を振り返った。
「和真、もし潰せそうなら潰しても構わない。ただし、深追いだけは絶対にするな。ある程度まで追いかけても捕まえられなかった時は、一旦引く事」
「はい!わかりました!」
いつも通りの元気が良い返事に、自然と那智の目元も緩む。
「お~お~、和真二等兵は那智姫の言う事ならなんでもお任せあれ!って感じか~?」
「そそそそそそ宗司さんっ!」
「何どもってんだよ和真君。顔が真っ赤だぜ?ここに京平がいなくて良かったなぁ」
宗司が揶揄混じりにそう言った瞬間、和真の顔が一気に強張り、物凄い勢いで店内をキョロキョロと見まわし始めた。
挙動不審にも程がある。
宗司と直哉は爆笑し、那智でさえもその顔に苦笑を浮かべた。
† † † †
深夜の裏高楼街東区。
外灯の少ない路地裏では、数人の慌ただしい足音が響き渡っていた。
「いたぞ!2人だ!」
「それなら俺達でもやれるだろ!いくぞ!」
ちょこまかと逃げ惑う2つの影と、それを追う4つの影。
「っの野郎!逃げ足だけは一丁前かよ!」
「このままだとあいつら北区へ逃げちまうぜ!どうする!」
「和真さんからは深追いするなって言われたけど、どうすんだよ!」
「2対4なら絶対負けねぇ!追うぞ!」
逃げるVercheメンバー2人を追うBlue Roseメンバー4人。
つい先日、和真から「東区を出てまでVercheを深追いするな」と言われたのだが、人数からみて負ける事はないと踏んだ4人は、そのままVercheを追う事に決めてしまった。
北区へ逃げこむVercheメンバーと、北区へ入り込むBlue Roseメンバー。
やがて、先を行く2つの影が、吸い込まれるように某公園へ入っていった。
それが全て仕組まれた事だと気付かずに、後を追う4つの影も躊躇う事なく公園の敷地内へ姿を消した。
「和真さん!なんかおかしいです!」
「ん?」
Blue Roseの一般メンバーが集まるバーBLUEMOON。
そこで待機していた和真の元に、一人のメンバーが転がるように駈け込んで来た。
「おかしいって、どうしたんだよ」
ゼーゼーと荒く呼吸する相手を宥めるように、ゆっくりと落ち着いた声をかけた和真だったが、次の瞬間耳に入った情報に眉間をグッと寄せた。
「…姿が見えない?…それは、見回っている途中だからとかじゃなくて?」
「はい。近くにいたっていう奴に聞いたら、なんかVercheの奴らが2人現われて、それを追ってから戻ってこないって…」
少しは落ち着いたのか、来た時とは違った静かな口調で語るメンバーの言葉に、和真は何かイヤな予感を感じて視線を落とした。
…まさか、北区まで追っていったなんて事はないだろうな…。
もう少しだけ様子を見るか…。と、そう考えた時。
「和真さん!いつの間にか達っちゃんの姿が見えなくなったんですけど!こっちに来てませんか?」
また一人、同じような事を口走って駆け込んできた人物がいた。
仲間の言葉に、最初に駆け込んできたメンバーは驚いたように目を見開いて和真に視線を向けた。その顔には『同じ状況なんじゃ…』と言った焦りが浮かんでいる。
和真は、ギシリと歯を食いしばった。
これは気のせいなんかじゃない。絶対に何かまずい事が起きている。
駆け込んできた2人と、更にBLUEMOON内にいた数人の引き締まった顔が全て和真に向けられた。
「…今ここにいるメンバー以外が、全員行方不明になっているとも思えない。とにかく、Vercheを見ても追撃するなと、可能な限りみんなに通達してくれ。俺は今からtrinityに行ってくる」
珍しく眼差しの鋭くなった和真に本気を感じたのか、その場にいた全員が「はい!」と返答し、すぐさま携帯で連絡を取り始めた。そして携帯では連絡がつかない場合も考えて、数名がBLUEMOONを飛び出していく。
それらの様子を確認し、和真も携帯を片手にBLUEMOONを出た。
そして、Blue Roseメンバー達が、姿の見えなくなった仲間を探して走り回っている頃。
北区の公園内には、殴打音と呻き声、そして血の匂いが充満していた。
「おい、もうそろそろ次の獲物が来る頃だろ。こいつらは縛ってあっちの陰に捨ててこい」
「わかりました中埜さん!!」
中埜の指示により、意識を失い、地面にボロ屑のように倒れ伏しているBlue Roseメンバー4名が、Vercheメンバーに襟首を掴まれて公園木立の闇の向こうへ引き摺りだされていく。
それを眺める中埜と臣原の顔には、愉悦の笑みが浮かんでいた。
「さすが臣、すごい名案だぜ。すぐに潰せると思わせるようにワザと少人数で姿をチラつかせて上手くここまでおびき寄せ、そして来た所を待機している全メンバーで袋叩き。これじゃあアイツらに勝ち目はねぇ」
「まぁ、この作戦は賞味期限が短いのが難点だな。俺達が内部崩壊してもおかしくないと思われているこの状況下でしか出来ない作戦だ。この事が奴らの情報に引っ掛からない内に出来るだけ潰さないと…。メンバーの姿が見えなくなったと怪しまれた時点で、タイムリミットが近づいてくる。奴らが気づく前に出来る限り潰しまくるぞ」
既に意識を失って夜の闇の中へ放り込まれた人数は、Blue Roseメンバー9名。Moonlessメンバー11名。
さすがに引っ掛かるのは下っ端ばかりだが、それはしょうがない。
逆に、幹部達が出てきてしまったら、今度はこちら側が不利になる。
…もっと…、もっと餌に食らい付け!ゼロと闇のクソ野郎共!
内心の高揚を表すかのように、中埜の握られた拳が小刻みに震えていた。
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