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第44話
† † † †
北区にある某公園。
外灯に照らされながら、ベンチに座って煙草の煙を吐き出す少年が二人。
「なんか最近、動きがおかしくねぇ?」
「あぁ、ゼロのNo.2の周りにもいつも誰かがついてて手が出せなくなってる」
「アイツら全面抗争始めるんじゃなかったのかよ」
「…見た感じ、一時停戦、もしくは手を組んだか…。下の奴らが偶然ゼロのNo.2を見つけて襲おうとした時、闇の幹部が助けに入ったらしいぜ?」
「んだよそれっ」
Vercheのトップである中埜と臣原だ。
現在の高3の中埜より、中卒で17歳の臣原の方が若干落ち着きがあるように見える。
臣原は、横で苛立たしげに舌打ちをする中埜を見て、暫し黙り込んだ。
茶色い髪をグシャリとかき上げた中埜は、指で挟み持っていた煙草を地面に投げ捨て、それを靴の底で捩じり潰している。
「…中埜」
「なんだよ」
「これに失敗したら、もう俺達、後がない」
「……ッ…」
臣原の言葉を受け、脳裏に浮かんだのは宗賀組の幹部である新崎の顔。
これで失敗したら、捨て駒の如くあっさり手を引かれてしまうだろう。
それだけならまだしも、下手をすれば新崎のメンツを潰したという事で、なんらかの制裁を受けるはめになるかもしれない。いや、後者の方が可能性は高いだろう。
中埜は、己の拳をギュッと強く握りしめた。
予定では、Blue RoseもMoonlessもぶっ潰して自分達が裏高楼街の覇者になるはずだったのに。
「…クソッ!!」
どいつもこいつも馬鹿にしてやがる!
イライラとした様子で落ち着きなく身体のどこかしらを動かしている中埜に、臣原も触発されたのか「チッ」と舌打ちをして煙草の煙を勢いよく肺に吸い込んだ。
「…臣」
「ん?」
「チマチマと仕掛けてても上手くいかねぇなら、もうこの際、総攻撃しちゃわねぇ?」
「一気に片を着けようって事か」
「数人を使って上手く北まで誘い出して、来たところを全員で待ち伏せてボコる」
それまで苛立ちを浮かべていた中埜の顔に、徐々に笑みが戻ってくる。そうなった時の光景を思い浮かべているのか、口端を歪めるように引き上げた愉悦の笑い。
その時、ポケットに入れてあった臣原の携帯が音を立てて振動した。
着信だ。
取り出してディスプレイを見ると、見知らぬ携帯の番号が映し出されていた。
怪訝そうに携帯を見つめる臣原に気づいた中埜が、相手の手元を覗き込む。
「出ねぇのかよ」
その言葉に後押しされたように通話ボタンを押した臣原は、携帯を耳に当てて「はい」と幾分不審な声で応答した。直後、表情が一気に硬化した。
『…臣原だな?』
「はい」
聞いた事がないしゃがれた男の声。新崎ではない。誰だ。
…何か嫌な予感がする。
その臣原の感は当たる事となった。
『新崎幹部からのお達しだ。「テメェらみたいな使えない奴はもういらねぇ」ってな』
「…ッ…!」
『自覚あんだろ?この前も獲物を前にして逃げられたっていうじゃねぇか。いい加減、新崎幹部の堪忍袋の緒が切れたんだよ。与えられた任務もまともにこなせねぇ駒なんて必要ない。極道をなめ過ぎじゃねぇか?兄ちゃん達』
「………」
『「二度とその面見せるな」って新崎幹部からの言葉だ。優しいだろ?俺はお前らなんて外(海外)へ飛ばしちまえばいいと思ったのにな。小者だからどうでもいいってさ。まぁ運が良かったと思って喜べや。じゃあな』
そこでブツっと通話が切れた。
「おい、臣?」
携帯を耳に当てたまま動かない相手をいぶかしんだ中埜の目の前で、突然、臣原はその携帯を地面に叩きつけた。
ガシャ!っという破壊音と共に飛び散るプラスチックの破片。
臣原の顔は怒りの為か真っ赤に染まり、双眸には殺意とも取れる程の強い怒気の色が浮かんでいた。
「おい、どうしたんだよ」
「…宗賀に…」
「宗賀って、新崎さん?」
「…宗賀に、切り捨てられた…」
「………は?!…マジかよ、…だって№2をやれって言われたの、つい最近の…」
「この前、下の奴が失敗したのを、新崎さんが知ったらしい」
「…ッ…」
臣原の言葉を聞いて、中埜はグッと唇を噛みしめた、
2人の間に数分前までのダラけた空気は無く、あるのはただただ、やりきれない怒りだけ。
結局、いいように使われて、見通しが立たなくなった途端切り捨てられた。
MoonlessにもBlue Roseにも馬鹿にされ、…残されたのはゴミ屑のように踏み躙られたプライド。
…どいつもこいつも、許さねぇ…。
顔を見合わせ、暫しの沈黙の後、臣原は地面に転がった携帯を足で思いっきり蹴り飛ばした。
かなりの勢いで飛んでいったそれは噴水の縁にぶつかったらしく、離れた場所からガシャっという音が聞こえた。
「…中埜、さっき話してたやつ、やるぞ」
「あ?総攻撃ってやつか?」
「そう。こうなったら何でもいい。あいつら全員ぶっ殺さないと気が治まらねぇ」
常にない臣原のキレた様子に、中埜の怒りも風に煽られた炎のように吹きあがる。
「あぁ、それじゃあしっかり計画立てないとなぁ?」
ニヤリと口端を引き上げた中埜の表情は、歪んだ醜い笑顔となった。
そして、尻ポケットから取り出した自分の携帯を臣原に放り投げ、
「今すぐ全員ここに集めようぜ」
暗い情念さえ垣間見えるような声でそう言った。
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