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第1話
要するに、人はどんちゃん騒ぎができればなんでもいいらしい。
ハロウィンのその起源も発祥も、意味にも微塵も理解を示していない様子のサークル仲間たちと一緒に、東雲冬夜 は都会の街中へと繰り出していた。
サークルの費用で買ったというハロウィンの仮装の中から、サークル内での立ち位置に相応しく包帯を体にぐるぐる巻いただけの地味なミイラ男に扮した冬夜は、キラキラした魔女っ子やイケメンがするコスプレの二大定番、吸血鬼や狼男などの仮装をしたパリピ達の一歩後ろを着いて行った。
正直、こんな騒がしいだけのイベントには参加したくなかったのだが、サークルのメンバーが皆盛り上がっているのに、自分だけ白けた態度を取って和を乱すことを良しとしなかった冬夜は渋々ながらも若者の街へと行くことにしたのだった。
街でははしゃぐ彼らと同じように、様々な仮装に身を包んだ若人達が掃いて捨てるほどに集まっていた。
通りすがりの全く知らない人と一緒に写真を撮り始める女子。扇情的な仮装に身を包んだ美人をナンパする男子。自分がここにいる意味を早くも問いたくなった。だが時間が経つごとに楽しげな雰囲気は徐々に冬夜を侵していき、冬夜も酒を飲みつつ、写真を取ってほしいと頼まれた女子の集団にスマイルを浮かべるほどには冬夜はこのハロウィンのどんちゃん騒ぎの群れの一部となっていった。
「流されやすいんだなあ、俺って」
コンビニで買って来たビールを空け、冬夜は適当に街中を彷徨く。
とっくにサークルのメンバーとははぐれ、一人でハロウィンの夜を楽しんでいる。彼らも別にノリの悪いミイラ男一人抜けたところで、十分に楽しめていることだろう。
安いコスプレしている人ばかりかと思ったら、意外にも本格的な衣装に身を包む人も多くおり、そんな人たちを見るのは結構楽しい。
先ほど、ハリウッドのCGかと思うほど精巧な狼の被り物をした人にもすれ違った。眼光なんかまるで生きているようにギラついていて、特殊メイクか?と冬夜は振り返ってまじまじと眺めたものだ。
そして、今冬夜の前方には沢山のカメラを持った人たちに囲まれる超絶美形の吸血鬼の仮装の男がいた。外国人だろうか。赤みがかった長い金髪に、透き通るような白い肌。鋭い双眸は血のような赤色で、人間離れした雰囲気を醸し出している。
しかし彼はカメラを向ける人たちを心底鬱陶しそうに睨みつけ、それでも写真を撮ろうと迫ってくる人のカメラを手で押し返すなど迷惑そうにしていた。
いくらかっこよく仮装を決めていても、写真を撮られるのは嫌だという人はいるだろう。そういう人の意を汲んで、諦めるなり他の人を見つけるなりすればいいのに、彼らの熱は異常なほど高まっていた。
「ったく、これだからイベントってものは…」
冬夜が盛り上がった気分を徐々に低下させていると、彼の後ろの方で端末を持った手がそうっと伸びていき、恐らくその画角に男性の姿が入ったその瞬間___
「盗撮は、良くないと思いますよ」
冬夜が咄嗟にその端末を持った腕を掴んだ瞬間、カシャッとシャッター音が響いた。
「ちょっと!なにすんのよ!!」
冬夜が腕を掴んだことで、画角から男性の姿が消え、その代わり光るビルの窓と真っ暗な空というなんともつまらない絵が端末の画面に映っていた。男性が驚いた様子で冬夜と盗撮した女性の方を振り向いた。
「撮ったのか?」
「こいつに邪魔されたのよ!」
「盗撮されそうだったのを邪魔しました。もしかして余計なお世話でしたか?」
良く通る低い声が冬夜の耳に聞こえてくる。顔だけでなく声までいいなんて、と冬夜はどこかズレたことを考えていた。冬夜の腕を振り払おうと暴れる女性に、男性がズイッと顔を近づけた。美貌が目の前に迫って来て、女性は石像のように固まった。
「迷惑だ。やめろ」
男性が簡潔ながらも、どこか有無を言わせないような雰囲気で命令すると、ふっと冬夜の掴んでいた腕から端末が滑り落ちた。カチャン、とコンクリートに打ち付けられるが、女性は男性から視線を逸らさず、いや逸らせないという様子で「は、はい」と頷いていた。
「お前達も、とっとと散れ」
男性が先程まで熱狂的に写真を求めていた人たちにも同様にそう言うと、女性と同じく呆然とした風に静かになって、ゆっくりと退散していった。
冬夜はまるで王様が号令をかけたようなその様子を、呆気にとられながら見ていると、男性が先程とは違った比較的穏やかな口調で冬夜に声をかけてきた。
「ありがとう」
「い、いや。どういたしまして」
美貌の男に面と向かってお礼を言われて、冬夜はどきまぎしながら返事をした。
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