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第2話

「それはなんの仮装なんだ?」  お礼を言われてすぐ別れるかと思いきや、吸血鬼姿の美貌の男性は冬夜に話しかけてきた。冬夜は会話を持ちかけて来たことに動揺を感じつつも、なんてことないように答える。 「ミイラ男…のつもりだけど、手抜いたからぶっちゃけただの怪我人のコスプレになっていますね」 「似合っている」 「…それはどうも」  包帯を適当に巻いただけの姿に似合っている、と言われても冬夜は困惑するばかりだ。それに、仮装の完成度で言うなら目の前の男性の方が余程高い。まるで映画の世界から飛び出して来たかのような仕上がりだ。 「貴方の方こそ、凄い仮装の完成度ですよね。本物の吸血鬼みたいだ」 「どうもありがとう。しかし、異常に人に声をかけられて、少し疲れる」  本人の言葉に違わず男性の顔には、疲労の色が浮かんでいた。冬夜はここで出会ったのも何かの縁。そう思って男性に提案した。 「良かったら、そこのベンチで休みます?あそこなら人は少ないですし」 「お前も一緒に?」 「別に…邪魔でしたら散りますけど?」 「少し、付き合ってくれ」 「…ふっ。はい」  案外こういう曖昧なやりとりから、人と人との関係は始まるものだ。  冬夜は男性と二人、空いたベンチに腰掛けて持っていたミネラルウォーターを差し出した。 「まだ空けてない奴です。よかったらどうぞ」 「ありがとう…これは、別に聖水とかではないよな?」 「ふっ、ふふ…ッ。ええ、はい。普通のミネラルウォーターですよ。アルプスでとれた水です」 「アルプスとは、あのヨーロッパの?」 「いや、日本アルプス。飛騨か木曽か赤石のどれか」  吸血鬼キャラを守ってか聖水などと真面目な顔で言い出す男性に、冬夜は思わず笑いがこみ上げた。役になりきるタイプなのかもしれないと考える。自分もミイラっぽい言動をするべきかと一瞬思うが、ミイラの振る舞いというのがどんなものか分からないのですぐに諦めた。  キャップを開けて、ごくごくと飲み干す男性。喉仏が嚥下に合わせて動くのが、やけにセクシーだと思った。 「そういえば、名前はなんて言うんですか?」 「…アシュレイ」 「海外から?」 「そうだな。そんなとこだ。お前の名は?それと、敬語はいい」 「それじゃあ遠慮なく。俺は東雲冬夜。東の雲に冬の夜」 「東の雲…冬の夜…全体的に寒々しいな」 「良く言われる。失礼なことに本人と同じく暗い名前だと」 「あ、いや、そんなつもりじゃ」 「ふっ冗談。アシュレイ…さん」 「呼び捨てで構わない」 「じゃあ、アシュレイ。俺のことも冬夜で。このイベントには一人で?」 「いや、何人かの仲間と来たんだが、俺を置いて女と一夜を過ごすと何処かに行ってしまった…」 「それは…」  イケメンなのに、境遇は寂しい男と変わらない。この人は多分、真面目でそういう浮ついたことは好まない性格なのだろう。冬夜は勝手に親近感を覚えた。今頃はサークル仲間の男たちも街でナンパしたコスプレ美女とアバンチュールと洒落込んでいることだろう。彼らはアシュレイほどではないが、イケメンでコミュ力がある。 「じゃあ、アシュレイはもしかして今夜一人?」 「…そうなる」 「俺もひとりだ。薄情なことに俺の仲間も俺のことを忘れて思い思いに夜を過ごすんだろうな」 「………」  アシュレイは冬夜がそう言って溜息を吐くのをじっと見つめて、やがて決心したかのように口を開いた。 「良かったら、俺と仲間が泊まるホテルに遊びに来ないか?そこなら、酒も食い物もある」 「えっ、良いのか邪魔して」 「どうせ、今夜はあいつらは帰って来ない。一人で酒を飲んでもつまらないしな」 「えー…じゃあ、お言葉に甘えて…」  冬夜はアシュレイの誘いに乗って、イベント会場の近くにある高級ホテルの一室へと訪れたのだった。

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