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第1話

 リビングのローソファに、獣人が座っている。  人間の体の二倍はあろうかというオス虎の獣人だ。  立派な図体には幅も厚みもあって、全身が豊かな毛皮で覆われている。  その獣人が片膝を立てた股の間には、ウラナケが座っていた。  ここがウラナケの特等席だ。まるでウラナケの為に誂えた椅子みたいに、ぴったり、すっぽり、収まって、座り心地がとても良い。  ウラナケのほうはゆるいスウェットの上だけを着て、獣人のほうはそのスウェットの下だけを穿いている。  深夜の二十六時をいくらか回った頃だ。  二人ともくつろいだ様子で、テレビを見ながら小瓶のビールを飲んでいた。 「あんまり面白い番組ないなー……ふぁああ……ぁー……ねむい……」  ウラナケは意味もなくテレビのリモコンを操作し、ザッピングしながら大欠伸だ。 「眠いなら寝ろ」  獣人は、肉球のある手でそのリモコンを奪いとった。  武骨な手をしているわりに、繊細で、優しげな手つきだ。 「んー……、もうちょっと起きてたい。アガヒ、映画チャンネルにして」  獣人をアガヒと呼んだウラナケは、そのまたぐらでもぞもぞと尻の位置をずらし、足もとに丸まったブランケットを爪先で手繰り寄せる。 「寒いか?」 「ちょっとだけ」  ウラナケがそう答えると、アガヒは、ぬ……と太い腕を伸ばし、くちゃくちゃのブランケットごとウラナケを懐に抱え直した。 「これでどうだ?」 「あったかい。……アガヒ、それ映画チャンネルじゃない。カートゥーン」 「自分で変えろ。細かい作業は好かん」  アガヒの太い指では、リモコン操作も一苦労だ。  ウラナケにリモコンを握らせて、自分は両腕をウラナケの腹に回す。  己の胸に埋もれるほどしっかりとウラナケを抱き寄せ、がぷり。  うなじを噛む。 「アガヒ、首、いたい」  ウラナケは文句を垂れるが、自分の頬がゆるんでいることを知っている。 「あぁ……」  がぶ、がぶ。 上の空で返事をしつつも、その首筋を甘噛みするのはやめられない。 「もー……痛いって言ってんじゃんか。またマズルガードつけたい?」 「あれは勘弁してくれ」  ザリザリした舌で首の裏を舐め、名残惜しげに牙を離す。 「あ、映画始まる。アガヒ、静かにしてろよ」 「……分かった。これ、お前が見たがっていた映画か?」 「そう、見たかったやつ」  ウラナケは、壁掛けのテレビへ視線を向ける。  アガヒはウラナケを包みこむソファになって、じっと動かない。  肉球のぷにぷにした手がウラナケの素の肌に触れて、あったかい。 「……ふぁ、あぁ……」  どちらもが映画に見入っていたが、CMに入るなりウラナケがまた欠伸をした。 「ベッドへ行くか?」 「行かない。……なぁアガヒ、この製薬会社って、明日、仕事予定のとこだよな?」 「あぁ、そうだ」 「テレビにCM打つくらいのでっかい会社だったんだ」 「それなりにな。……明日の対象は、ここの会社代表の甥子だな」 「ふぅん、……アガヒ、ペット用のネコフードと、獣人用のネコフードの違いってなに?」  製薬会社のCMが終わると、ネコ科獣人用食品のCMが始まった。 「この手のは、オーガニックが好きな獣人には人気だ。ペットフードのように、アダルトやシニアといった分類もないし、添加物も加工法も人間の食べ物と同じだ」  ウラナケの頭に顎を乗せて、ごろごろ喉を鳴らす。 「獣人はそんなに食べ物に気をつけなくていいのに、アガヒの作るメシはいつも薄味だよな」 「うちは外食が多い。家で作る時くらいは控えめにしろと言い出したのはお前だ」 「そうだった。……あー、猫見てたら、近所で見かけた野良猫思い出した。あいつ、まだ仔猫だよな? 親猫いないみたいだし、ちょっと心配」 「あの野良猫なら、向かいのアパートのコモドドラゴンの夫婦が引き取った」 「そうなんだ? 晩ご飯用?」 「動物病院へ連れていって、首輪をつけていたから、飼い猫にするんじゃないか?」 「そっか……じゃあ、触って大丈夫になったら触らせてもらお」 「猫なら、もう家にいるのに?」 「猫は猫でも、うちの猫は特別でっかいからなぁ」  ごろごろ、すりすり。  ウラナケは、アガヒの大胸筋を覆う毛皮に頬をすり寄せて、もふっと埋もれる。 「特別でかい虎猫もいいもんだろ? それに、この商売では生き物も飼えんだろ?」 「じゃあ、このでっかい虎猫で我慢してやるか」 「虎は俺だが、ネコは誰だ?」 「俺だ」  首を反らせてアガヒを仰ぎ見て、頬のふわふわをわしゃわしゃと撫でくり回した。

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