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第2話-4
「……あのさ、アガヒ。半月くらい前に俺たちが殺した阿片中毒の男ってさ、ユィランの親戚だよな?」
「あぁ、そうだ。殺したのはユィランの甥だ。姓名はクェイ=ジンカ。ジンカの母親とユィランが、歳の離れた異母姉弟の関係になる」
「ジンカ殺しを俺らに依頼した奴が、ユィランも狙ったって可能性は?」
「ないとも言えないが……、あの依頼は、紹介人と情報屋を含め、四つも仲介業者が入っていたからな……。おそらく、俺たちに接触してきた依頼主も雇われだろう。本物の依頼主はどこかに姿を隠しているはずだ」
「それを特定するのは難しいか~……先にほかの可能性から潰す?」
「そうしよう。国家絡みのプロジェクトともなれば、軍や企業との癒着もあるだろうし、ユィランの実家も一枚噛んでいる。クェイ家の家業から調べたほうが早そうだ」
「ん、分かった。使う情報屋はモリルでいい? モリルでいいなら連絡とっとく」
「頼んだ。……また明日から忙しくなるな。……おやすみ、ウラナケ」
「おやすみアガヒ」
アガヒと唇を重ね、枕もとのナイトランプを小さく絞る。
ユィランが来たその日の夜、アガヒとウラナケはいつもより早めに寝室へ入った。
今日は、昼から小雪がちらつく予報だったので、午前中いっぱいをかけて、ユィランの服や靴、下着類、小さめの家具や食器などを買いそろえた。
「俺たちに娘がいたらこんな感じかな~。ほら、この緑色とか、紺色とか臙脂色、こういう大人っぽいのがユィランに似合いそう」
「ピンクやオレンジも可愛いだろう。それに、それは寒そうだ」
アガヒとウラナケは、子供服を真剣に選ぶ日がくるなんて想像もしたこともなかったし、お互いの子供服に対する趣味が大いに異なることを、今日、初めて知った。
結局、お互いがユィランに似合うと思った服を手当たり次第買い始めるものだから、ユィランが慌てて、背の高い二人の間でおろおろしていた。
「……お洋服、そんなにたくさんいらないよ……ねぇ、おねがい、お話きいて……二人とも、ほんとに……そんなにお金を使わないで……」
仔兎がもぞもぞ背伸びして、「見えない。……二人とも背が高い。だっこして……」と、泣きべそをかくものだから、アガヒが抱き上げ、ウラナケが慰めた。
ユィランは終始遠慮していたけれど、ワンピースや靴、長耳の子でもかぶれる帽子、リボンや髪飾り、もちろん、暖かいコートやマフラー、手袋も買った。
ユィランが着ていたものは、教会にありがちな誰かのお下がりで、肘やお尻周りの布も薄くなっていたし、洗いざらしだった。
布目も詰まって縮んでいて、ユィランにはすこし窮屈なように見えた。
成長期の柔らかい子供の肌に、これはあまりにも酷だし、冬に着るには寒々しい。
ユィランは賢くて、聞き分けが良いから、余計に不憫に思えた。
大人を困らせない為の遠慮もあるだろうが、それ以上に育ちの良さが見え隠れした。
百貨店のカフェで休憩した時も、お行儀が良かったし、食べ物の好き嫌いもない。
それどころか、アガヒとウラナケの生活の邪魔にならないように気を遣っていて、我儘も言わず、口癖はごめんなさい。
自分のことはぜんぶ自分でしようとする。
なまじ、五歳にしてはできることが多いから、余計にそうなってしまうのだろう。
見ていて、ちょっと可哀想になった。
夜、さすがに五歳児を一人で風呂に入らせるのはこわいので、「見られたらはずかしい」と言うユィランを全身タオルでくるみ、服を着たウラナケが付き添ったが、それ以外は、本当に手がかからなかった。
さすがは国家の特別プログラムに参加するだけの頭脳の持ち主だ。
けれども、時々はやっぱり子供らしいところもある。
一日一緒にいるとかなり打ち解けてくれて、アガヒの、「なにかして欲しいことは?」という問いに「……あのね、おうまさん」と控えめにねだり、虎のアガヒが馬になった。
ウラナケの、「眠る前はホットミルク?」の問いかけには、「お歌を唄ってくれる?」と可愛いおねだりをして、添い寝したウラナケが何曲か披露することになった。
そんな小さな我儘、可愛いものだ。
こうして、あれそれと翻弄されるのは、ウラナケにとっても、アガヒにとっても、なんだか心地良くて、久しぶりに新鮮な気持ちで、ほのぼのとした休日を過ごせた。
アガヒとウラナケ、二人きりの生活に、小さな喜びが舞いこんできた気がした。
いま、その小さな天使は、主寝室の隣の部屋で休んでいる。
ゲストルームは三階で、五階にある主寝室からは遠くなるから、そこは避けた。
セカンドリビングを主寝室の隣に造ってあるから、そこにソファベッドを置いて眠ってもらっている。
扉一枚で部屋を行き来できるし、不測の事態が発生した場合も、迅速に対処できる。
ユィランがくぅくぅと愛らしい寝息を立てるのを確認してから、アガヒとウラナケは、自分たちのベッドに入った。
日付が回る前に、品行方正に床につくのは久しぶりだ。
さすがに、この環境で、そういった行為はできない。
獣人とのセックスはわりとうるさいし、ウラナケも声を我慢することを知らない。
つまりはまぁ交尾ができなくて、やることがないから休むしかないだけなのだ。
「……?」
夜半、ウラナケが目を醒ました。
アガヒの二の腕を枕にしたまま寝返りを打つ。
冬場はアガヒに抱かれていると暖房が要らない。
胸もとの立派な毛皮と、その下の大胸筋の温かさがあれば、越冬できる。
アガヒの胸に顔を埋めて、うとうと。再び寝入りかけた頃、ウラナケは重い瞼をすこし持ち上げ、ゆっくりと瞬きして、もう一度身じろいだ。
「どうした?」
つられて、アガヒも目を醒ます。
ウラナケの口端に唇を寄せ、かすれ気味の低い声で、「まだ夜だ、寝ていろ」とウラナケを寝かしつける。
「泣き声……聞こえる……」
腰に回ったアガヒの腕をそろりと持ち上げて、ウラナケがベッドで半身を起こす。
アガヒも起きて、がしがしと頭を掻き、「耳はお前のほうがいいからな……」と欠伸を噛み殺し、枕の下の銃に手をやった。
「だいじょうぶ、……たぶん、ユィランだ」
ウラナケは、ランプの灯りを大きくして、扉のほうを見やる。
その扉の向こうでユィランが休んでいるから、すこし隙間を作っておいた。
その扉が、向こう側から大きく開かれ、ぎぃ……と古い蝶番が軋む。
ユィラン用の小さな枕を右手にぎゅっとだっこして、ずり落ち防止の大きな枕を左手で引きずるユィランが、ぽつんとそこに立っていた。
ただでさえ赤い目を真っ赤にして、ぐしゅぐしゅ泣いている。
「ユィラン、どうした?」
ウラナケはベッドの端まで這って、ユィランを抱き上げた。
「……ぉ、ぉかぁさん……ぉあぁしゃ、ん……っ」
ユィランはウラナケの腹にしがみつく。
まるくてちいさな手で、弱々しい力で、冷たくなるほど華奢な全身を冷たくなるほど強張らせて息を詰め、母親を恋しがって泣く。
「……だよなぁ」
昼間は元気にしていたけれど、この仔兎は、半年前に両親を亡くしたばかりなのだ。
「ウラナケ、こっちへ連れてこい、風邪をひく」
「ん……、ほら、ユィラン、おいで」
アガヒが布団をめくってくれるから、そこに潜りこむ。
アガヒとウラナケの間にユィランを挟んで、三つ一緒に固まった。
「ぉ、ぁあしゃん、おかぁさ……っ……ぉかあさ……っ、……」
「……うん、おかあさんに会いたいな……」
かける言葉が思いつかなくて、ウラナケはユィランを抱きしめる。
そうしたら、アガヒが、ウラナケごとユィランを抱きしめてくれる。
大きくて逞しい腕というのは、こういう時にありがたい。
なにがなんでも絶対的に守ってくれる力強さが感じられるし、この腕のなかなら大丈夫だという安心感も与えてもらえる。それになにより温かい。
「ごめんな、ユィラン……」
おかあさんに会わせてあげられなくてごめん。
ウラナケは、母親という存在をろくに知らないけれど、ユィランにとってはかけがえのない存在に違いない。
ウラナケが悪いわけではないが、ユィランから母親を奪った誰かの代わりに謝った。
それでユィランの気が済むとは思わないけれど、どうしようもないユィランの気持ちをすこしでもやわらげて、いま、この一瞬だけでも気が紛れるなら、なんでもよかった。
なにもできない自分が不甲斐なくて、ウラナケは謝った。
「ぅ、……っひぅ……ぅ、ぁ、なけ、ぇ……」
ユィランは、ウラナケの胸にむぎゅっと顔を押しつける。
「ここにいる、だいじょうぶ、……いいこ、いいこ」
ウラナケの胸もとが、じわりと熱くなる。
震える長耳がウラナケの顎下にさわさわ触れて、くすぐったい。
アガヒが、丸めた爪先でその耳を撫でつけて、ウラナケの顎下からそうっとずらす。
「……おとぉさん……、っ、おかぁ、さん……」
「うん……、会いたいな……さみしいな……」
「ずっとこうしているから、好きなだけ泣くといい」
ウラナケと同じように、アガヒもそうして言葉を返す。
何度も何度も、ユィランが父と母を乞う限り、応える。
けっしてユィランの両親の代わりが務まるなんて勘違いはしないけれど、それでも、いま、この一時だけでもユィランを慰められるなら、そうしたかった。
気長にそうするうちに、ユィランはうとうとし始め、泣き寝入りしてしまった。
「寝た?」
「寝たな」
小声で会話して、二人は安堵する。
「……アガヒ」
安堵したのも束の間、ウラナケは眉を顰めた。
「どうした?」
「…………ユィラン、もしかして、おねしょしてる?」
「…………」
両手の塞がったウラナケの代わりに、アガヒが、そろりと上掛け布団をめくった。
アガヒの毛皮と、ウラナケのスウェットが濡れていた。
「……くちゅ、っ」
仔兎が、二人の間で小さなくしゃみをする。
たぶん、向こうの部屋にいた時点で、もうおもらしをしていたのだろう。
部屋は暖かいが、真冬に五歳児をこのまま放置して風邪をひかせることは回避したい。
さて、どうしたものか。
女児の着替えを成人男子が行って許されるものか。
二人は悩んだが、意を決した。
ユィランを起こさないように、そぅっと、静かに、できるだけユィランの体を見ないようにして、パジャマを脱がせた。
できる限り目を逸らし、手探りでユィランの下着に手をかけたところで、女児の股には付いていないはずのものが付いていることを発見して、二人ともが目を剥いた。
目を剥いたが、ユィランを起こさないように驚きの声は呑みこんだ。
いかがでしたでしょうか?この続きは
【つがいは愛の巣へ帰る】
作:鳥舟あや【とりふねあや】
イラスト:葛西リカコ【かさいりかこ】
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