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第37話

チャイムの音が遠くで聞こえて目を開けた。 ぼうっとしてそのまま寝ていたらカーテンが開かれた。 「澤野くん、起きてる?」 「……あ……はい」 保健の宮崎先生が顔をのぞかせて慌てて起き上がる。 「どう、具合は? 頭痛いところない? 気分はどう?」 ボールぶつかったの覚えてる?、と40代半ばの優しい雰囲気の宮崎先生に質問されて僕は頷きながら平気だと伝えた。 宮崎先生にタンコブ診てもらって、吐き気とかあったらまた来るようにとかいろいろ諸注意を受ける。 「――睡眠不足はダメよ。それに澤野くんちゃんとご飯食べてる? しっかり栄養もとってね」 「はい……」 気をつけますって謝りながらようやく保健室を出ることができた。 宮崎先生と喋っている間に眠気はすっかりなくなって意識ははっきりしてる。 さっきのチャイムで昼休みに入った校舎は少し騒がしくなっていた。 僕は―――口を押さえて、歩き出した。 保健室での先生とのことは全部覚えてる。 まるで夢だった気がするけど、そうじゃないっていうのは身体がしっかりわかってる。 スッキリしてるのに、身体の奥が疼いてる気がする。 それに―――すごく心が軽かった。 学校で先生が触れてくれたっていうそれだけなんだけど。 ずっとずっとあった胸のもやもやがウソみたいになくなってて、顔が勝手に緩んで手で押さえても締まりそうにない。 きっと周りからみたら今の僕は馬鹿みたいににやけてるんだろうな。 緩みっぱなしの口元を押さえながら歩いていたら前からスーツ姿のひとが歩いてくる。 一瞬先生って思ったけれどすぐに違うってことはわかった。 「お、澤野。お前、ボールぶつかったんだって?」 「……は、はい」 笑顔で声をかけてきたのは鈴木先生。 なんで知ってるんだろう、って疑問をそのまま聞いてみると、「そりゃ生徒が授業中倒れたら騒ぎになるよ」って笑ったまま答えてくれた。 「でもよかったな、元気そうじゃないか」 「はい。タンコブできたくらいで……。ご心配かけてすみません」 「俺より葛城先生に謝って、あとお礼言っておけよ」 不意に出てきた先生の名前に心臓が跳ねる。 「ちょうど葛城先生その場に出くわしたらしくて、澤野のことを保健室まで運んでくれたそうだぞ」 「……」 先生が? 驚いて、そして嬉しくて、また口元が緩みそうになるのを感じて堪えながら、 「はい……。あとでちゃんとお礼言います」 とそれだけをなんとか言って口をつぐんだ。 「ああ。そうしろ。そういや澤野、放課後勉強聞きにこなくなったな?」 「え……あ、えと」 「葛城先生の授業分かりやすいからもう質問なくなったのか?」 「……っ、あの」 「なんでそんなにキョドってるんだよ。またたまには遊びに来いよ。……って勉強な」 明るい笑顔を向けてくる鈴木先生につられて笑顔になる。 「はい。今度行きます」 きっと準備室に行っても、先生はいつもと変わらない態度だろうし。 僕を見ないかもしれない。 でも、でも―――それでもいいんだっていまは思える。 きっとそれが先生の学校と先生の部屋との線引きじゃないのかな。

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