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第49話

「片桐、小西――」 朝のホームルーム。生徒たちの名前を読み上げていく。 毎日変わり映えのしない光景。 生徒たちはそれぞれ元気よくだったり気のない返事だったりを返してくる。 それによどみなく俺はただ名前を呼ぶ。 淡々と、ただ呼ぶだけだ。 「澤野」 名簿に視線を落したままで。 テンポは崩しちゃいない。 だけどその名前を呼ぶ時だけ妙に自分の中で一瞬が長く感じる。 そして、 ――はい。 と、遥のかろうじて俺へと届く小さな声が聞こえてくるまでの時間も。 か細い声に覇気はなく、それでもその声が前に向かって出されていることはわかる。 それでも俺の視線は名簿に落ちたままで、視線を上げることなく次の生徒の名を呼ぶ。 視線を感じたまま、なにも見ないふりをして。 あの日、準備室で強引に抱いたあの日。 部屋に放置したあとのことを知らない。 2時間以上の時間を置いて戻った時には情事のあとなどまったくなく、いたのは鈴木だけだった。 それに心底安堵し、同時に数日遥は登校してこないだろうと思った。 予想通り翌日遥は学校を休み――だけれどそのあとはちゃんと登校してきていた。 白い顔を一層白くさせて、"あの日"初めて遥を犯したとき以上にやつれた顔で。 『風邪はもうだいじょうぶなのか』 その朝のホームルームで"担任"として形式的にかけた言葉に『はい』と返事をした遥は視線を逸らすことなく複雑な感情で瞳を揺らしながらも俺を見てきた。 泣き腫らしたのか赤くなった目が俺を捉え、すぐに視線を逸らした。 泣く必要なんてないのに。 馬鹿だ、と内心呟く。 解放されたのだと、喜べばいいのに。 喜ぶべき、なんだよ、お前は。 俺のことを、そんな目で、見る必要なんてない。 ないんだ。 全部忘れてしまえばいい。 あの日から一週間たった今も変わらず向けられる視線を無視し続け、クラス全員の名前を呼び終えた俺はそっと名簿を閉じた。 ***

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