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第50話

「あーつかれたー」 放課後、鈴木が肩を回しながら準備室に入ってきた。 「早く帰ってAV見てぇ」 イスに音を立てて座り大きな声で言う。 決して生徒には見せられない聞かせられない態度だ。 だけど鈴木の場合フレンドリーで生徒たちに人気があるから、特に影響はないのかもしれない。 俺にとってはいつものことだから気にせずに今日した小テストの答案を採点していく。 「AV借りて帰るかなー」 独り言にしては毎回大きすぎる声。 俺はただ黙々と作業しているとキャスターが動き近づいてくる音がした。 傍らにイスごと移動してきた鈴木は俺のデスクに片肘をつく。 「なぁ、葛城」 どうせろくなことじゃないだろうと答案用紙から視線を逸らすことはしない。 「なんだ」 「いま悩みがあるんだけど、相談乗ってくれないかなーと思ってさー」 「……」 相談、と言ってもどうしたってろくなことじゃないに決まっている。 「最近さコスプレものにハマってるんだけど、今日の気分は女子高生もの見たい気分なんだよ。でもさ、仮に借りたとして、実際見てみてやっぱコスプレものにしておけばよかったぁとなったら悔しいだろ?」 「……両方借りろ」 案の定過ぎる内容にぐだぐだと会話を続けるのも面倒だから即答した。 「なるほど、それはアリだな」 よしじゃあ今日は―――と隣でぶつぶつと喋り続ける鈴木。 うるさいのはうるさいが存在をないものにしてしまえばどうでもいい。 「―――」 手が止まったのは、自分のデスクに戻ることなく何か喋っている鈴木のせいじゃなくて、ひとりの生徒の答案だった。 『澤野遥』 習字を習っていたらしい遥の字はとても綺麗だ。 数秒止まった動きを再開し、答案をチェックしていく。 毎日暗い表情をしているけど勉強はしっかりしているのか満点に近かった。 「お、遥ちゃんのか。相変わらず綺麗な字だなー」 一瞬自分の眉が上がってしまうのを感じた。 「……なんだその気持ち悪い呼び方」 鈴木の相手をするつもりなんてなかった。 遥の答案をめくり、次の生徒の採点をはじめる。 「遥ちゃん、ってぴったりだろ。澤野可愛いし」 「……男だろ」 「んなのわかってるさ。でもその辺の女よりは可愛いな。なんつーの、清純派?」 また手が止まりそうになったがそのまま動かす。 横を見てはいないから鈴木の表情はわからないが、楽しそうな声だ。 「遥ちゃん遊びにこなくなったよな。前はしょっちゅう勉強教わりに来てたのに。お前いじめたんじゃないのか」 鈴木が妙な呼び方をするたびにいらいらする。 「俺に訊きにきてくれれば優しく教えてやるのにな」 「……お前、頭沸いたか? 女じゃないぞ、澤野は」 「当たり前だろ」 堪え切れず隣を見れば、鈴木は大口を開けて笑う。 「まー澤野ならアリかなって気はするけど」 「……あ?」 「それより、お前金曜暇じゃないか? 飲みにいくんだけど、来いよ。可愛い子来るからさ。お前ずっとフリーなんだろ? 紹介してやるよ」 にやにやと俺の顔を覗き込んでくる鈴木から答案へと視線を戻す。 「どうせ暇だろ? 決定だから。俺もたまには息抜きしなきゃなー」 とりあえず今日はAVだなー、とぼやいている鈴木の存在を今度こそ完全にシャットダウンする。 窓の外から差し込む西日が用紙にかかっている。 不意に鈴木と―――笑顔の遥の姿が脳裏によみがえって、それを振り払い仕事に集中した。 ***

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