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第52話
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男と女は違う。
まだ成長途中の遥の細い身体も女と比べれば膨らみは当然、柔らかさはない。
孔もいちいち濡らす必要だってない。
軋むスプリングに甘い匂いが散らばって、充満する。
ぐらぐらと、ぐらつく匂いに、俺は―――。
――――――
――――
―――
駅を出ると雨が降っていた。
ひどくはない、霧雨程度だ。
コンビニで煙草とビールを買って歩きなれた道を帰る。
もうすぐ日付が変わりそうな夜更け。
煙草をくわえて火をつけ、ため息の代りに煙を吐き出した。
身体中にまとわりつくだるさと甘い匂いが煙草の匂いで少しだけ緩和される。
人気のない道を何も考えず煙草だけ味わいながら歩いていた。
雨のせいか―――いや梅雨という季節のせいでじめじめとした蒸し暑さにじんわり汗がにじんでくる。
そういやもうあと一月すれば夏休みがやってくるのか。
俺にとっては当然夏休みはないし、受け持っているのが三年だから生徒たちにもあってないようなものだろう。
そんな夏休みでも早くくればいい。
早く日々が過ぎ、秋が来て冬が来て、そして春になればいい。
―――過る想いに自嘲の笑みがこぼれる。
くだらない、女々しい。
自分の思考を払うように煙草を深く吸い、荒く吐く。
霧雨が少し強さを増してきたように感じたときようやくアパートが見えてきた。
部屋についたらすぐにシャワーを浴びる。
それだけが今一番したいことだ。
じわじわと短くなってきた煙草を消し、アパートの階段をのぼる。
微かな雨音と俺の足音がまざり、足音だけが一瞬止まってしまった。
いま―――もうすぐ0時、だ。
「……せ……んせい」
俺の部屋の前に遥が立っていた。
こいつは一体何をしてるんだろう。
夜遊びもできない真面目なやつが、こんな時間にここでなにをしているんだ?
答えは、わかっている。
ポケットから部屋の鍵を取り出す。
俺に気づいた遥の視線が向けられるのがわかる。
遥の姿は視界に入るが、俺は見なかった。
そのまま部屋へ向かい、鍵を開け、ドアノブを回す。
「……っ、先生っ」
その腕を遥の手が掴んだ。
俺はただ目の前のドアを眺める。
「先生、僕……っ」
ぐ、と遥の手に力がくわわり、俺へと身体を近づけてきた。
「お願いです、話をっ―――……」
切羽詰まった声。
言葉が途中で途切れ、俺はそこで遥を見下ろした。
なにかに気づいたように眉を寄せた遥の顔色が青ざめ揺れた目が、俺の視線と絡む。
遥は口を開きかけたけどなにも言わず、手からは力が抜けていた。
「……帰れ」
一言、それだけを告げ部屋へと入る。
ドアを閉め、鍵を締め、バスルームへと言った。
シャワーも浴びずに出てきたから甘い匂いは俺の身体にも移っている。
熱いシャワーを頭から浴び、全部洗い流す。
そうして風呂から上がったときには部屋の中には雨音が充満していた。
霧雨はいつしか打ちつけるような強い雨に変わってしまったらしい。
窓を打つ雨音。
玄関のほうを見る。
だが足は向けず、買ってきたビールを飲むと濡れた髪を乾かさないままベッドにダイブして、目を閉じた。
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