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第54話
「そうそう。正解。やっぱり澤野は覚えが早いな」
準備室に響く鈴木の明るい声。
背後では鈴木が遥の勉強を見ている。
放課後はあっという間に来て、朝言った通り遥はここへ来た。
物言いたげに俺を見た遥には気づいたが黙って自分のデスクについた。
「……そんなことないです」
ぎこちない返事に見てもいないのに眉を下げ微笑しているだろう遥は想像に難くない。
が、俺はただ自分の仕事をするだけだ。
「……あの、ありがとうございました。忙しいのにすみません」
「ん? もういいのか?」
「はい」
「他に分からないところあったら教えてやるぞ。遠慮なく言えよ?」
「……ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」
「そっか?」
「はい……本当にありがとうございます」
席を立つ音が響く。
「またいつでも聞きに来いよ」
「はい。―――……先生、さようなら」
「ああ。気をつけてな」
ドアが開く音が次いでして、
「……葛城先生、さようなら」
と、俺へと声がかかった。
一瞬間を置いてペンを持ったま少しだけ振り返る。
「さようなら」
教師としての返事。
目を合わせることはなくすぐにデスクに向き直る。
間があき、ドアの閉まる音がした。
俺は出していた書類を片付け、今日した小テストの答案を取り出し採点をはじめる。
「遥ちゃんやっぱ可愛いなー。教えがいもあるし」
予告なしにした小テストだったがざっと答案を見る限り正解率は高そうだ。
赤ペンを走らせてると鈴木が俺を呼んだ。
「なぁ、葛城」
「なんだ」
「また遥ちゃんがわからないところ聞いてきたら俺教えてやってもいいか?」
「……」
「ほら一応お前が担任だからさー」
「……別に誰が教えようがかまわないだろ」
「だよな」
明るい快活な笑い声がして、
「俺から声かけてみようかなぁ。遥ちゃん遠慮して聞きにこなさそうだもんな」
にやにやとそんなことを言う鈴木に―――。
「お前」
「ん?」
「気持ち悪い」
「なんだよ、気持ち悪いって。俺は可愛い生徒のことを考えてやってるだけだろう」
「……」
うそくさい、と内心呟いてまだ話しかけてくる鈴木をスルーした。
"遥ちゃん"。
遥をそう呼ぶ、その言葉がひどく気持ち悪く。
俺はキリのいいところで休憩がてら煙草を吸いに準備室を出ていった。
***
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