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七海慎という男

「はぁぁああ?!?!?!」 その日、事務所にて衝撃のあまり、変な声を出してしまったのは、先日までにやけ面だった正人だ。 「七海慎です。これからよろしくお願いします」 担当アーティストと顔合わせなんて言われて、どんな可愛い子のマネジメントができるんだろう、なんて考えていた30分前の自分をブン殴りたい。 実際、目の前には俺より頭一つ分程でかい男が立っている。 …男だ。ちょっとばかしこれは盲点だった、としか言いようがない。 美晴たんの事で頭がいっぱいだったがために、ここの事務所は女性アーティスト(アイドル)しか扱っていないのかと思い込んでいた。 今思えば大半が男性だし、こうやって俺のように男のマネージャーになることだって…… 「いや!でもいやぁぁぁあ」 ニートの悲痛な叫び声に耳を貸す者なんて誰もいない。 事務所の一室に取り残された七海というよく分からない男と元ニートの正人。 不思議な空気が立ちこめている。 「…えっと」   この状況を作り出したのは間違いなく正人なのだが、そんな正人に気を遣っているのか 七海は重苦しい空気の中口を開いた。 「僕のこと、知ってます、か?」 「知らねー」 こんなにも感情を乗せずに言葉に出来るのであろうか、とも思われる知らねーに七海は一瞬落ち込んだような顔をした。 「…ですよねぇ、」 アーティストとしか聞いていないから、七海が何者なのかは分からないが、それに加えて羽空美晴をチェックする以外にテレビをみない正人だ。当然七海慎なんて知る由もない。 「あの、お名前、お聞きしたいんですけど…」 知らない上に、今はショックが大きすぎて言葉すら発する気力がない。豆腐メンタルを絶賛発動中だ。 それだというのに、七海はなかなかしつこい。 無意識に背を向ける正人の正面に周り、名前はなんですか?とか好きな食べ物ってなんですかー?と笑顔で問いかけてくる。 これが可愛い女の子だったらくるものがあるんだろうけど、俺よりデカい男じゃなぁ、と正人はため息を付いた。 「そんなに俺が嫌ですかー」 嫌だよ、可愛い女の子がいいよ。と心の中で返事をする。 そこまで酷いことで相手を傷つけられるほど正人には勇気がない。 ただ黙って背を向けるだけだ。 背を向ける正人と、正面に周って質問をし続ける七海の攻防は結構な時間繰り広げられ続けて 根負けしたのは、ニート代表、正人の方だった。   「……しつこい!」 自分の言っていることの理不尽さは理解しているつもりだ。でも言わずにはいられない。 七海は出会ったときと変わらずにこにこと無邪気な笑顔を正人に向けた。 「お名前は?」 「高塚正人」 「年、いくつですか?」 「29」 それから抵抗することもなく七海の質問に答え、七海が満足そうな顔で正人の手を取るまで、正人は質問に無表情で答え続けた。 よろしくお願いしますね!と不意に七海に握られた手は温かくて、正人の手より大きかった。

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