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第2話 始まりは唐突に
何がどうして、こうなったんだろう。
「ふうん。半年も付き合ってたのに、別れちゃったんだ」
ミツキさんの唇が、緩りと動いて言葉を紡ぐ。俺は、小さく縮こまって首を上下に振った。
「は、はい……その、性格の、不一致って言うか、その……」
そして、何とか言葉を捻り出す。
一体全体どうした事か、何故か、俺は、彼、ミツキさんと一緒に飲む事になっていたのだ。本当に、よく分からないが、何故かそうなっていたのだ。
「勿体無い。うん、まあ、でも、あの子、可愛くない子だったから、良かったんじゃない?」
その言葉にびっくりして顔を上げる。思わず、まじまじ、ミツキさんの顔を見てしまった。ミツキさんは俺の視線に気付いたのか、にっこりと微笑った。やっぱり、花が開くように笑う人だな、と思う。
「あの子、可愛くなかったでしょ?」
「あ、はい……」
ミツキさんの台詞に、思わず頷いていた。
そうだ、可愛く、なかった。最初の頃は、外見だけ見ていて、本当に可愛い子だなと思っていたけど、性格が分かって来るに従って、どうしても可愛いと思えなくなっていたのだ。でも、性格が可愛くないと言っても、顔は可愛くて。仕草もコケティッシュで。身体も、本当に理想的な体型で。
そこで、ふと気が付いて、あああ、と今更ながら思い出す。ユウトの最後の言葉だ。俺は、この店中の人間に早漏だと思われているに違いない。いや、確かに、早いけど。事実だけど。それを知られるのと指摘されるのは、何て言うか、もう、もう……いや、しょうがないんだけど。
俺が悶絶していると、からん、と音がした。ミツキさんの飲む果実酒の氷が溶けた音だった。琥珀色の果実酒は、ミツキさんにぴったりだった。甘さと言い、香りと言い、雰囲気と言い。ミツキさんは、宙を見上げると、ふうん、と鼻に掛かった声を出した。甘い声だな、と思う。ミツキさんにぴったりの声だ。
「そうすると、ナオ君は、今、フリーって事か」
「はあ、まあ……」
当然の事を言われても、俺は曖昧な返事しか出来なかった。
フリー、と言えば、確かにそうだ。だけど、この半年だって、フリーと言えなくも無かったのだ。ユウトは、俺が何度お願いしても、俺一人には絞ってくれなかったのだから。ふう、と口から息が漏れる。ユウトの事を悪くは言えない。俺も、酷い男だ、と思ったから。だって、上手くは出来なかったけれど、漸くユウトと別れる事が出来て、本当に安堵していたから。もう、いや、本当は最初から、気持ちは、全然、ユウトに無かった。そう、本当は、気持ちは……。
「じゃあ、さ、僕と付き合ってみる?」
楽しそうに言われ、瓢箪から駒、と言う諺が先ず頭に浮かんだ。ぽん、とまるで漫画みたいに。それから、言われた事が現実だと思えなくて、俺は自分の都合の良い耳を、力強く引っ張ってしまった。あ、すごく痛い。それを見てミツキさんは、くすり、と綺麗に微笑う。
「僕も、今、フリーだからね。丁度良いんじゃない?」
繰り返された言葉に、俺は益々混乱した。聞き間違いじゃ無かった!! 嘘だろう!? あのミツキさんが!? 誰の誘いにも乗らないって言われている、あの、ミツキさんが!?
「えっ、えっ、でも、あの……」
「付き合うの? 付き合わないの?」
もう一度問われて、俺は身を乗り出して、きっぱりと告げた。俺にしては、珍しい事に。
「付き合いたいです!」
「なら、決まりだね。ふふ、じゃあ、今日から、よろしく」
ミツキさんは小さく口元を緩ませると、軽く首を傾げた。その、可憐さと言ったら!
「は、はい! よろしくお願いします! っ、てて……」
「あはは。大丈夫? あーあ、赤くなっている」
勢いよく頭を下げたせいで、ごん、とカウンターに額をぶつけたが、痛みはミツキさんの軽快な笑い声のせいで、ほとんど感じなかった。ミツキさんは、こんな風にも笑うんだな、と知られて、嬉しかったから。完全に、夢心地だった。
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