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柏餅入あおみつ編 16 明日も早起き頑張ろう。

 もう一回お風呂に入って、もう一回髪を乾かして、もう一回パジャマを着て。 「そうだ、みつ、そろそろあおみつ用の包み紙買わないとかも」 「あ、ホント? じゃあ、明日発注しとく」  えっち……しちゃった後のこういうのってけっこう好き。 「ほら、青、ベッド、そんな端っこだと落ちちゃうよ」 「大丈夫」 「大丈夫じゃないじゃん。この前、落ちたじゃん。ドーンって」  隕石が落ちたのかと思ったって言ったら、そんな大袈裟なって青が笑う。そんなに俺重くないでしょって。そして心外ですと、少し頬を膨らませて怒ってる。  こういうの。  ムードのある事後って感じじゃなくてさ。それもいいんだけど。「好きだよ……」とか甘く囁くみたいなの。でもなんかそういうの照れ臭いし、いやたまにはそういう甘い甘い、甘ーい感じのもいいんだけど。なんかね、こういう普通の毎日の中に混ざってる感じも、好き、だなぁって。 「あー、なんか、みつがやらしいこと考えてる」 「んなっ、考えてないってば!」 「顔赤いもん」 「考えてないっ!」  家族っぽいなぁって。  もう、親は知ってる。俺と青が一緒に店をやっていきたいこと。青がうちの店を継いでくれる理由が、うちのお菓子を好きだから、っていうだけじゃないのも。  知ってる。 『FUKAMI』を閉める。  宇野屋を俺と青で継いでいく。  それで……孫は――。 「!」  青が俺の鼻をむぎゅっと摘んだ。 「今、考えてた……」 「……青?」 「変なこと」 「……」 「この前、子どもの日でさ、うちの店の手伝いしに帰ったじゃん?」 「……」 「あの時、うちのお母さんが言ってた」  ――もうちょっと手際良くやらないとダメよ? つまみ細工のお菓子は指先器用じゃないとダメなんだからね? あんた、FUKAMIの看板背負ってくんだから。 「……おばさんが?」 「そ。俺ね、思ったんだ。孫の顔とかは見せてあげられないだろうけど。でも、うちの親が育てた洋菓子はさ、絶対に宇野屋の中にも残る」  あおみつみたいにちゃんとした形として残る。 「なくなっちゃうわけじゃないんだ。見せてあげられないわけじゃないんだ」 『FUKAMI』はなくなってしまう。  可愛い花嫁さんは見せてあげられない。青の隣に座るのは幼馴染の俺。 「ねぇ、みつ」 「……」 「うちの親さ、ケーキ、めっちゃ好きなんだ。じゃなきゃ毎日毎日早起きして作らないでしょ? 楽しそうにさ。みつんちだってそうでしょ?」  毎日、本当に毎日早起きで、丁寧に丁寧にお菓子を作る。 「大好きで誇らしい仕事なんだ」  俺は知らなかった。犬が飼いたかったこと。他にも我慢してきたことがきっとある。毎日早起きするためには早く寝ないといけなくてさ。確かにうちの両親は寝るの早いし、ばーちゃんも早かった。夜更かしなんてほとんどしなかった。それはきっと青のおじさんおばさんもそう。家を改築して、これからはのんびりするって。  笑っていた。  我慢してきたこと、しないでいたことが、もしかしたらいっぱいあるのかもしれない。 「その仕事を俺とみつで継いでいくんだよ」 「……」 「そして、俺の隣には、最愛の息子が最愛に思っている幼馴染が座ってくれる」 「……」 「喜んでるよ」  見せてあげられない。無くさせてしまう。 「わかった?」  そんなことはない。 「……うん」 「みつ?」 「うん」  青のおじさんおばさんが大事に育てた青をぎゅっと抱きしめた。 「……あー……あの、みつ?」 「?」 「あの……そんなにぎゅっと抱きつかれると、また、あの……ほら、今日はおじさんおばさんもいないので、タガが外れやすいというか、だから」 「うん。このまま寝てもいい?」 「え? このまま? っていうか、寝ちゃうの?」 「うん。だって、明日の朝早いよ?」  大好きで誇らしい仕事を俺らで継いでいくんだ。 「えぇ、でもっ、でもさ!」 「明日からフル営業ですから」 「そうだけどさ! えぇ、でも!」 「おやすみ、青」 「え、本当に? あのっ」 「大好きだよ、青」 「ちょ、笑ってない? みつ? 今、笑ったでしょ?」  笑って……なくもないかもしれない。  クスクスと青の胸のところに潜り込むようにしながら見えないように、ちょっとだけね。困ってる青が可愛くて、笑った。 「おやすみ……青、明日も頑張ろうね」 「……はぁ」 「ちゃんと寝ないとだよ」 「……はい」  そして、明日も和菓子を、あおみつをたくさん作ろうって、ぎゅっと目を閉じた。 「ええええ! シュウが撮影に来たの?」 「うん。そう。小坂さん好きなんだ。シュウさん」 「さん! さん付け! なんか、深見君が言うと、やらしい」 「え、なんで?」 「でしょ! なんか、卑猥だよね!」 「青は変なこと言わないの」  小坂さんが笑って、あおみつのよもぎの方をパクリと食べた。小坂さんはよもぎの方が好きらしくて、毎回、一つよもぎの方が多いんだ。 「でも、写真とかないのかよ。っていうか、ドラマだっけ? アイドルとかいなかったのか?」  益田は変わらず食いしん坊だから、蓬と白玉両方をいっぺんに口に放ってる。喉につまらすぞって言ったら、大丈夫って言いながら咳き込んでた。 「いたよー」 「ええええ! マジか! 写真とかないのか?」 「あ、撮ってない」 「「ええええ! なんで」」 「和菓子作ってたから」 「和菓子売ってたから」  売ってるっていうか、撮影を見学しに来た常連さんとお話ししたりしてたから。 「「なんで」」  なんでって、そんなの。 「「和菓子屋だから?」」  そう二人で答えた。 「そんな……もったいない」 「そう?」 「そうだろうが!」 「でも、相手役のアイドルの子を写真に撮ってても益田には見せないよ」 「えええええ? なんでだよ!」 「うるさいからだよ」  絶対に騒いでさ、俺のスマホ握りしめて走り出しそうじゃん。羨ましいぞーっとか言いながら。やだよ。でも、写真、一枚くらい撮っておけば良かったかもね。そう思いながら、店に飾ったシュウさんからの色紙に視線を向けた。とっても美味しかったです。あおみつ。って、メッセージ付きの。 「にしてもさぁ、シュウってコンビだったっけ?」 「いや、ソロだろ」  そんな会話をしながら、小坂さんと益田、それから俺と、みつ、四人で色紙の名前を見上げた。 『シュウ&』 「祐介(ゆうすけ)って誰?」 「さぁ?」  誰なんだろうね。でも、良かった。食べてくれて。二人でさ。食べてくれて。どんな話をしながら食べたんだろう。柏餅が好きな祐介さんと。笑顔で? はにかみながら? シュウさんはめちゃくちゃたくさん話してそう。きっと、ずっと話したいと思っていた分をいまだいまだと慌てて話していそうだ。  楽しそうに。  笑いながら。 「すみませーん」 「「はーい」」  二人で返事をした。 「あおみつください」 「「はーい」」  よもぎを三つ、白玉三つ。 「「かしこまりました」」  二人で作ったお菓子。甘い甘い創作和菓子をお客様に一つ、笑顔で手渡した。

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