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バイバイ

「おい! 兄貴、ほんとにいいの? 俺らもうすぐ圭さんのマンション行くけど……なぁ、おい! 聞いてんのかよ……見送り行かねえの? ちょっ……兄貴?」 圭ちゃんが日本を発つ当日の今日、さっきから俺の部屋の外で康介がうるさく怒鳴ってる。 康介達は圭ちゃんのマンションまで行ってお別れをするって言ってるけど…… 俺は行かない。行けないよ。 顔をあわせるのは無理だ。 「康介、悪いな……俺はこの前ちゃんとお別れしてきたから大丈夫だ。ちょっと出かける」 康介が「こんな時にどこに行くんだ」とギャーギャーうるさかったけど、俺は逃げるように家を出た。 靖史の所の従業員が、俺と靖史を車で空港まで送ってくれることになっていたから。 俺は急いで靖史の実家の酒屋に向かった。 「あ……今日はお忙しいのに、すみません」 靖史の家に着くと、もう家の前には車が停まっていて靖史も既に乗っていた。 運転席にいる俺らより少しだけ歳上そうなお兄さんにひと言言いながら俺は車に乗り込んだ。 「随分と早く到着すると思うけど……いいのかな?」 「はい、大丈夫です」 「黒田さん、俺ら降ろしたら戻っていいからね。いつもありがとう」 黒田さんと呼ばれた人は「気にすんな」と笑ってくれた。 車が走り出し、靖史と黒田さんは何か楽しげにお喋りをしていたけど俺の頭にはその会話は全然入って来ず、ただぼんやりと窓の外を眺めていた。 その後のこと、正直あまり覚えてない── 気がついたら俺は飛び立つ飛行機を見上げてた。 あの飛行機に圭ちゃんが乗っている。 飛び立つ飛行機を見上げ、本当に行っちゃったんだと少しだけ実感が湧いた。ふわっとした喪失感に、あれ? 寂しいってこんなもんなのかな? と不思議な気持ちにさえなった。 飛行機が見えなくなるまで俺は瞬きもせずに見つめていた。 バイバイ……圭ちゃん 「圭……行っちゃったな」 不意に背後から靖史の声が聞こえて俺は我に返った。 急に現実に引き戻された感じがして、全身の力が抜けてしまった。 突然崩れ落ちた俺に驚き、靖史が俺を支えてくれた。 「陽介……頑張ったな。お前、強いな……」 靖史が力一杯俺の事を抱きしめてくれる。 頑張ったな……と言う靖史に頭を撫でられ、その瞬間に堪えていた涙が零れ落ちてしまった。 もう止められない…… 周りの目も気にせず俺は靖史の胸の中で声をあげて泣いた。 「お前なら大丈夫……圭が帰ってくるの、一緒に待とうな。陽介ひとりじゃないからな。辛くなったらいくらでもこうやって抱きしめてやる……」 ……靖史がいてくれてよかった。 圭ちゃん、俺は待ってるからね。 それまで少しだけバイバイ。

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