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第2話

辞令は二カ月前に出ていた。 今月末…そう、今日付で帰ってこれることはもちろん尚之には話していない。別に喧嘩をしているわけでもなく、疎遠になっているわけでもない。あくまでサプライズだ。 五年前、転勤の話が出た時の尚之は『仕方ないですよね』とだけ言って何も変わらない日常を過ごした。 ただ、自宅で仕事をする尚之が不規則なのはわかっていたが、必要以上に透との時間を作り透を求めてきたのは寂しさの裏返しだと思っている。 育った環境から甘えることが下手な尚之に、この八年、目一杯の愛情を注いできたつもりだ。 ただ、遠距離になってみれば尚之は仕事中は電話に出ないし、実質時間のズレが隙間を作っているのではないかと一日に何度もメールを送っていた。愛していると何度も念を込めて。 三回に一度の「僕もですよ」の返信に何度も安堵していた。 出会ったのは八年前。尚之が上京して間もなくの頃だった。 透の友人のレンタル屋でバイトを始めたばかりの尚之と出会った。笑顔こそ見せてはいたがどこか影のある憂な表情に釘付けになった。今思えば一目惚れというやつだと透は自負している。 端正な顔立ち。目立つような雰囲気ではないものの意志の強そうな目と反して柔らかな物言いに惹かれた。 何度となく食事に誘い、休日にはお互い趣味の合う映画見たり、食に疎い尚之の為に美味しいものを食べさせたいと自宅に誘い親しい友人のように過ごしていた。 付き合いが長くなればなるほど尚之を手放せなくなる透は、自分の性癖である同性愛者だと言うことを告げられなくなっていた。 この関係を壊したくない、尚之を失いたくない…そればかりの自問自答を繰り返していた。 そんなある日、尚之が応募していた温泉一泊バス旅行が当たったのだ。 「透さん、嫌じゃなかったら一緒に行きませんか?いつも透さんには奢ってもらってばっかりだし…」 当たったものなんですけどね…そう言って透を誘ってきた。紅葉が綺麗な時期に温泉。いいですよねと付け加えて。 行かないわけがない。翌日には有休をもぎ取り尚之との旅行を心待ちにした。 若干狭い観光バスに尚之と肩を触れ合わせ並んで座り、流れる景色に透は心が踊った。いい歳をして片思いに心を馳せ、触れる尚之の体温が伝わるだけで満たされた気分になった。 見事な紅葉に山の幸がふんだんに使われた料理。二人だけではないが尚之との旅行。 どれもが素晴らしかった。帰路に向かう途中、立ち寄った場所で尚之がハロウィン用の可愛い小物を物色し迷いに迷い手に取ったものを買ってやった。 「季節の小物を飾るのが好きなんです」 はにかみながら笑顔を向ける尚之はそれはもう心を鷲掴みにする可愛さを撒き散らしていた。 尚之に恋焦がれる。抑え隠してきた気持ちが溢れ出し、もう限界だと悟った透はその帰り道、尚之を夕飯に誘い一世一代の告白をしたのだった。

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